・・・春の戯れ・・・

今日は入梅前の、心地よい晴れ模様。

薄い雲が広がっていて青空は見えなくても、太陽の光はここまで届いていて、
若々しくてやわらかい葉の様子や、どこかに咲いているお花の甘い香りが
私の部屋まで差し込んでくる、なんでもないけど、満たされるような陽気。

皆様はいかがお過ごしでしょうか?

平日のお昼間を、こんなふうにぼんやりと、窓から遠くに霞んだ山を見たりしつつ、
のんびりすごせるのは至福です。

今年の春はいつまでも、肌寒い日が戻ってきたりして、
春爛漫した日はほんの少ししかなかったけれど、
今年の私は、お花の香りを探すかのようにして、生きていました。

最近では、ガーデニングの流行もあって、普通の民家の道を歩いていても、
いろんな種類のお花が植えられていて、甘い香りが香ります。
香りに誘われてお花を探すと、小さい花や大きい花やいろいろで、ああ、春だな~と思います。
それは今年に始まったことではないので、昨年だって、香っていたはずなのですが、
心に欠けたものがないときには、気がつかないような、本当はささやかな香りなのでしょう。
いつもは気がつきませんでした。

・・・遠くで迷った子猫の鳴き声が聞こえます。
部屋の中にいればのんびりできる陽気だけれど、
迷った子猫が歩くには、アスファルトの上は灼熱に感じられるでしょう。
心配して外をのぞくけれど、姿は見えず。
早く親猫さんに会えますように。

お花に話を戻します。
そんな風に、道を歩いていてもお花を探し、
週末にも時間が取れたら薔薇園へでかけました。
でも、お花好きというわけではなく、一時期はお花は苦手なくらいでした。

最初に好きになったお花は、たしか赤いチューリップで、幼稚園にたくさん咲いていた。
私は、幼稚園は大嫌いだったので、そのお花だけがなんだか、楽しみだったような気がする。
楽しい思い出といえば、真ん中のお庭に咲いていたチューリップくらいしか覚えていない。
次に好きになったのは、すずらんとかすみそうで、小さくてこちょこちょしたお花が好きだった。

物心がついたころには、お花より、ドライフラワーのほうが好きだった。

「女の子はお花がすきなんて誰がきめたの?
・・・・あたし、触れないもの。
生きてます~!!って主張するような元気なお花、気持ち悪くて触れない」

川原由美子の「ペーパームーンにお願い」という漫画に、↑のような趣旨のせりふがありました。
ここまで鮮烈に思いはなかったけれど、今、思い返せば、こういう感じだったんだと思う。

いつか枯れる花、失われていく少女の自分・・・。
そんなものより、
枯れてしまって、もう、それ以上は朽ちないドライフラワー
いつまでも永遠に少女のままで時をとめたアンティークドール
そういうものに、あこがれた。

大きなきっかけはないけど、今は生きたお花が大好きになったし、それに癒されるようになった。
アンティークドールも、いつまでも好きだけれど、
たとえば、アンティークドールを大切にする、シックでキレイな印象の老女なんかにもあこがれるようになった。

生きていくことの中で、大事なものをなくしてしまうこともあれば、悲しい別れもあるし、
諦めてしまうことも、たくさんあると思う。
そういう中で、自分の好みや、気持ちも変化する。
それが、自然なこと。

でも、いろいろなことがあっても、どうしても絶対に変わらない思いや、好み、
どうしてもあきらめられないこともあるに違いない。

これからの私は、どうなっていくのだろう。
いろいろなことがあっても、変わらない思いとあきらめられないことはなんだろう。
それこそが、本当の私なんだと思う。
それを見つけたいと思うようになった。

なんのことか、わからなくってごめんなさい。
うまくいえません。
でも、今、思った私の気持ちです。

ここを見てくださる皆様も、自分らしく過ごせる一日になりますように・・・・・☆とお祈りしています。
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by otomeya | 2006-05-31 11:20 | 日々の戯れ


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