カテゴリ:永遠少女( 15 )

永遠の少女のために


黒百合姉妹
月の蝕

久しぶりに聴きます。

時空を超えて、
いろんなことが戻ってくるような感覚。


永遠の少女・・・ってなんでしょうね。
一時期、精神的に籠っていた時期があって、
その頃、とても心地よく聴いていたCDです。

過ぎ去って、変わり果てて、失って
何にもかもなくなってしまうことが怖かったのかなぁ。
夢見がちに、空想ばっかりしていた、時期でした。

昨年末に、
「地に足をつけない覚悟で飛びなさい、
そうしたら、必ず、次のステージが用意されているから。
年を重ねて、今はそう思っているよ」
って、少し年上の大切な人が自分の経験から教えてくれました。

そして、その準備を少しずつだけど着実に進めています。

でも、その覚悟で飛んでからのほうが、
しっかり重力とともに生きていくことを、
大切にするようになった気がします。

高く飛ぶためには、荷物は軽く、軸はしっかりしなくちゃね。


だけど、やっぱり変わらず好きなものは、ある。

そのとき、やっぱりちょっと、ほっとしますね。










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by otomeya | 2015-10-22 21:58 | 永遠少女

誰にも、秘密よ。

人に 愚痴ってばかりいた 弱かった わたし。

喉まで出る愚痴を、 ぐっと 飲み込んで
人と比べる意味ない癖を、アタマで整理することを選んだ。



自虐思考で酔いしれた、自家中毒は、飽き飽きしたから。


窓を開けて、風を通し、
花を飾る。
光のきらめきに、永遠の瞬間が垣間見える。
そう、無常って意味の、永遠がね。



簡単に呟きたくなる、ありふれた不幸と孤独に、
いつまでも酔えるなんて、それはそれで、お幸せなこと。


あたしの秘密は、もっと甘くて 美味しいのよ。




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by otomeya | 2015-05-23 22:54 | 永遠少女

懐かしい文章

懐かしい文章(→)を読み返した。


ここに書いていた文章は、

とあるお人形に向けて
書いたのだけれど、
結局の所、私自身の中の、なにかテーマだったのじゃないかなと
思ったりします、



・・・・このとき強く信じていた何かは、
いま、ほとんど、私の手元に残っていなくて、
このお人形に、会うことはなかった。

でも、だからこそ、確実に残っている何かが数少ないけれど、
あって、このとき、あると知りえなかった世界に、
私は出会うことが出来た。

そして、ここから、さて、というところで、
ちょっと途方にくれているようなところがあるのだけれど、
いま、思っていることのほとんどが、
本質的な意味において、このときと、同じような気がするので、
ああ、よかった、私、きっと、まちがっていない。


そんなことを思った。


あいかわらず、いつだって、
私は、そんな感じみたい。
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by otomeya | 2013-06-08 17:11 | 永遠少女

あの頃へ

すこしむかしの文章を読み返す。

遠く離れてしまった あの人は、
今、元気にしているかしら?

ある日に、偶然、めぐり合い、
別れる駅で、薔薇を一輪贈りました。


あの薔薇のことを、また思い出してくれる日はあるかしら?


*


今日は、お月様の綺麗な
静かで、ひんやり冷たい夜の風がとても心地良い。


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「パリのサンジェルマン。

ユニヴァース通りにある

小さな人形屋の店先で考えました。

ぼくは、人形となら うまくやっていけそうだ」



寺山修司のこの一文は、
乙女屋を始めたばかりのころの、
私にとってとても意味のある、
世界と交わるための最後のお守りのような
そんな宝物の言葉でした。


世の中のなにもかもが怖くて、
私以外のすべてが正義で、
私だけが愚かで未熟で間違いなのだと、
思い込んで、動き出すことが怖くて
でも、とどまっていることもできなくて、
そんな日々を、私は、幻想の言葉を心の奥に隠し持つことでしか、
世の中を生きるすべを持たなかった時期なのでした。



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”お人形屋”さんになりたかった。


私のパリのサンジェルマンのお人形は、
猫がいる、小さな石造りのお店で、
地下室のある、修理を待つお人形たちもたくさんいた。


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初めて訪れたパリの、
その小さなお人形屋さんの記憶は、
今は、もうそのままはない。



いつも、なぜか、
寂しそうなお人形に惹かれてしまう。


だから、”アンティークドールコレクター”のひとと、
お話しするには知識がなさすぎて
そして、お人形を”販売”するために、
”仕入れる”こともできなくて、
そして、なによりきっと、私の好きな子は、
他の人が、忘れ去るような
そんなお人形たちばかり。


私にとって、”アンティークドール”は美術品でもなく
コレクターアイテムでもなく、
心の奥に共鳴してくれる、もっと特別な存在。


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寺山修司の世界で、
好きなものはいろいろあるけれど、
やっぱり一番、大切に思ってしまうのは、
この<人形たちの夜>である。


<少女アリス>の写真家・沢渡朔氏の
巻頭の写真も一等大好き。



こういう意味での、
”人形屋”になりたくて、
”人形遊び”屋さんなんて言ってみたりもしたけれど、
なかなか誤解を生んだような気もするし、
本当の理由は違うような気もするけれど、
今は、この言葉はちょっとフーインすることにした、
それは、ほんの少し前のことだけど。


乙女屋が、これからどんな品揃えを目指すのか、
実はほんの少し、新しく思うところもあるのですが、
ちょっと文学というか、なんというか、
こういう御本の世界観みたいなものは、
私の中で、やっぱりずぅっと心のどこかにあって、
前のように、これにすがって生きることはもうなくなっても、
やっぱり時々は、思い出したくなる世界なのではないかなぁと思います。


久々に、更新します♪
<人形たちの夜>

まだ読んだことのない方は、
ぜひ、読んでみてもらいたいなぁと思います☆
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by otomeya | 2013-05-20 23:51 | 永遠少女

ある人へ・・・。

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by otomeya | 2013-02-20 13:30 | 永遠少女

やっぱり大好き!

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・・・・さすがですわよねぇ。。。。。


うっとり!
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by otomeya | 2012-11-05 22:36 | 永遠少女

永遠の少女のためのりぼん?

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古いレースが大好きで、

あと、同じくらい、<りぼん>というモチーフが大好きです。


ときどき、手づくりでアクセサリーをつくります。

はずかしくて、こそっと、ナイショでお店に並べたり、していました。

自分が作った・・・といわないで、そっと。


(2001年頃から2004年ごろくらいまではネットでも売っていましたが、
一時期からは、ネットでは売っていません)



いろんな気持ちの変化があって・・・

久々に手作りをしたり、時々、ネットにも並べてみたり
したいかなぁ、なんて思ってみたりして、もくろんでいろいろしているのだけど、
まだ、いいのかなぁ。だめかなぁ。。。なんて、いじいじ、ぐずぐずしています。


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by otomeya | 2011-11-28 23:35 | 永遠少女

宝物

これから、落ち込んだときに、何度でも読み返したいと思う本に出会いました。

そういう本には、なかなか出会えるものではないので、とても嬉しい。

特に、次の詩は、これからずっと、私の宝物になるだろう。





汲む 

ーーーーY・Yにーーーーー



大人になるというのは、
すれっかしになることだと
思い込んでいた少女の頃
立ち振る舞いの美しい
発音の正確な
素敵な女のひとと会いました
そのひとは私の背のびを見すかしたように
なにげない話にいいました

初々しさが大切なの
人に対しても世の中に対しても
人を人とも思わなくなったとき
堕落が始まるのね 堕ちてゆくのを
隠そうとしても 隠せなくなった人を何人も見ました

私はどきんとし
そして深く悟りました


大人になってもどぎまぎしたっていいんだな
ぎこちない挨拶  醜く赤くなる
失語症 なめらかでないしぐさ
子供の悪態にさえ傷ついてしまう
頼りない生牡蠣のような感受性
それらを鍛える必要は少しもなかったのだな
年老いても咲きたての薔薇  柔らかく
外にむかってひらかれるのこそ難しい
あらゆる仕事
すべてのいい仕事の核には
震える弱いアンテナがかくされている きっと・・・・・
わたくしもかつてのあの人と同じくらいの年になりました
たちかえり
今もときどきその意味を
ひっそり汲むことがあるのです






永遠の詩 (全8巻)2 茨木のり子 に収録されている詩です。


そのほかにも・・・・


心の奥の、本当のことを強く励ましてくれるような
美しく研ぎ澄まされた鋭い言葉たちが、
世界を為しています。


まだ、出会ったことのない方は、ぜひ!
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by otomeya | 2010-11-13 00:54 | 永遠少女

ある日の妄想。

ずっとうつむいていた少女が、
いつのまにか、まっすぐに目を据えていることに気が付いた。

その人に出会い、
しばらくの間、私は泣いてばかりいた。

愛しいものを守るために、
私は、私自身のいろいろを捨て続けた。
自分を大事にすること。
自分の心を癒すこと。
それはすべて後回し。
それでも、・・・・・を守れるなら、それが生きる唯一の救いであったから。
傷つくことなんて仕方がない。
自分が選んだことだから。

心に鎧を着せるのではなく、自分自身を鎧にして、
大事なものを守ってきた。

それは、義務ではなく、知らず知らずのうちに。

すると、いつしか、どこからか、
傷ついても平気。人に合わせることも平気。
なんでも平気。
失望するのは当然。
頼れるのは自分だけ。
だけど、頼られる。
頼れないけど、頼りにされたら、答えなければ。
自分のことは、どんどんと後回しになっていた。


その人に出会い、私は泣いてばかりいた。
悲しいのか、嬉しいのか、寂しいのか、わからなかった。
ただただ泣いて・・・・
気が付いたら、昔の自分が持っていた弱さや気持ちを取り戻していた。
泣いてばかりいるくせに、
一方でとても強くなった。
もう、周りのことは気にしない。
私は、器用に出来る人間ではないのだと限界を知り、
ならば、唯一できること。
それのみに専念することにした。
その勇気を貰った。

ひとりの少女が私の中に、日々巣食っていくのがわかる。

その少女はとても可憐で寂しそうで可哀想なのに、
一方でとても頑なで傲慢で強いのだ。

いつしか、いまの私は私でなくなり、
少女に飲み込まれてしまうかもしれない。

でも、それは、なんと本望なことだろう。


*

*

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*



*

秋の夜、雨音をひとり聞きながら
葡萄酒を飲みながらの、たわごと。。。。。。
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by otomeya | 2010-09-28 01:59 | 永遠少女

永遠の少女についてのトークショー

2010年8月1日 ドールドレスさん主催の「なんでもない日のお茶会」にて
永遠の少女についてのトークショー
このイベントのレギュラーDJのレコードSHOPVelvet Moonのchouchou様と
お客様の前で、お話させていただきました。

無事に?終了し、
声をかけてくださったスタッフ様、
お話を聞いてくださった皆様、
本当にありがとうございました。

今回は、アメリカの女優さん「リリアンギッシュ」について
お話させていただきました。

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白いドレスと、金髪の縦ロールが美しい、
薄幸で可憐、清貧な少女を演じた、
「散り行く花」のイメージが私の中で大きかったリリアンギッシュ。

トークの為に、本当の姉妹で演じた「嵐の孤児」と
年を重ねてからの作品「ウエディング」を見ました。

「嵐の孤児」もすばらしかったのですが、
「ウエディング」にでてくる、
年を重ねてからも白いレースのドレスで
窓から小鳥たちと語らう様、
天蓋で白いレースとフリルのベッドにふわふわの白髪に近い髪で
横たわる様!

もう、これぞ!「永遠の少女」の姿といわずなんでしょう!!!!

と、とても感激しました。

ベルベットムーンのchouchou様のページには、
たくさんの映画や音楽、文学の紹介のページがありますが、
リリアンギッシュの記事ももちろんあります!

少女イコン・不滅の少女


「少女」というものからイメージするものはなんでしょう?

当たり前に普通の意味では、
幼い女の子なのですが、
なぜか実在する女の子たちに、
「少女」というイメージが持てない。
それは、私の勝手すぎるイメージでしかないのだけれど、
「少女」に特別な幻想を抱きすぎているのでしょう。

そこに、さらに「永遠の少女」とつける。

となると、さらに現実味は薄れていく。

「永遠」、それ自体も現実には難しい上に、
現実の「少女」は、必ず成長するものだから。

だけど、なぜか、「少女」は私にとって、
「永遠」であり、「実在する対象」としての実感は薄く、
「アンティークのポストカードの中」や
「誰かの心の中にいる、彼女にとっての魂の姿としての少女」であったり、
「年を重ねた女性の中に見る、幼い頃から大事にしている美的感覚」
であったりする。


なぜだろう、不思議に思う。

けれども、どうしてもそういうものに惹かれ、
たとえば、画像に使った布は、
すこし前に買っていただいたチュールレースのアンティークの少女服でした。

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とてもとても美しくて、
心の奥に、きゅん・・・・・ってくるんです。
この感覚を求めて、アンティークを探したり、
作家さんの作品を見に行ったりしている。
ただただ、それだけなのにな~と思います。

先日、ガーゼ羽根ワンピースを買って下さった方が
「おばあちゃんになっても着れそうな・・・・」と書いてくださっていて、
私がSERAPHIMのお洋服を大好きなのも多分、
この方とまさに同じで、
おばあさんになったときも、自分の中の少女の想いを持ちながら、
着ていたら、「ウエディング」のリリアンギッシュのように、
皺皺になっていても美しく笑顔でこのお洋服を似合い続けられるのではないかしら!
と夢を見ることが許されるから。
なんだか、そんなところに惹かれるのです。

ちなみに、私の夢は、まだまだたくさんあるのですが、
一番、長期的に見て、一番の夢は、
おばあさんになって、よぼよぼになっても、
乙女屋で、綿ローンやレースの真っ白の、自分が好きなお洋服を着て、
大好きな作品に囲まれて、のんびり、ゆったり、すごせたらいいな~!と思います。
それだけです。

でも、それは、とても贅沢な夢。

そのためには、とってもとっても頑張らなくてはです!

ガーゼ羽根ワンピースについて、
素敵な感想をいただき、
そのことと、リリアンギッシュへの思い、
まとめてうまく整理したかったけれど、
なんだか、中途半端!ごめんなさい!

また、いつかうまくまとまったら、同じようなことを書くかもです。

そのときは、ごめんなさい。
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by otomeya | 2010-08-03 23:16 | 永遠少女