カテゴリ:失われし場所( 17 )

薔薇の館

私の本業は 乙女屋 というセレクトSHOPの経営です。

2010年9月19日~30日の間、
大好きなお人形が乙女屋に展示させてもらえることになり、
この子のための薔薇の館を築くことにしました。

このお人形は、誰かのものになることのない、
特別な作品。

その子にふさわしくなるように・・・

会期が明日にせまっても、まだまだもっとこうしたいと・・・・思うことがたくさんあります。

ほんのわずかだけれども、
特別は空間を、一人でも、感じていただき、
私がこの子から教えてもらったような
美への憧れと、生きていく切なさのようなものと、
永遠という、儚さと絶対性の曖昧な幻想。

うまく言葉に出来ない、
不思議な感情を、考えさせられる作品です。

セレクトSHOP(本来は作品やアンティーク雑貨を売っている物販のお店です)なのに、
非売品がほとんど!というどんな展示やねん!
と、この不況に開き直ったかのような
贅沢なイベントです。

ぜひ、遊びにきていただけたら嬉しいです。


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by otomeya | 2010-09-18 11:12 | 失われし場所

追憶・・・

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書類整理をしていたら、
宵待草のポストカードがでてきた。

宵待草は、
東京の井の頭公園駅の前にある、カフェギャラリー。

私が初めて訪れたのは、いつだっただろう・・・・

もう約10年前くらいになるかしら。


大阪に住んでいる私は、
結局数えるくらいしか行くことができなかったけれど、
時々、宵待草に通っていたひとたちから、
そっと、思い出話を聞かせてもらえたりすると、
胸の奥が、きゅん・・・・となります。


ケッコンされる前に、好きなことのお仕事をされていた方のお話。
ドイツ文学を専攻されていた方が、学生時代に通っていたお話。
夜の宵待草の、壁に写る陰が美しいと、教えてくださったこと。

私の宵待草の思い出。

それは、思い出というよりも、
恋慕、憧れの対象だった。

はるばる行くたびに、
そこには、ほっとする空間なのに、
いつも、新鮮な息吹とときめきを感じる作品などが並んでいた。

デッサンサロンの告知に、恋慕と空想。

行く度に、ときめきをいただいて、
憧れの世界がここにあるのだと、思って、
そして、また、私は私の現実へと戻るのでした。


ああ、いとしの宵待草は、
いま、静かに闇に明かりを灯しているのかしら。

そんなことを、思いながら・・・・。

カフェ 宵待草では、9月13日まで素敵な展示を開催中☆
ぜひ、おでかけくださいませ。

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オフィシャルサイト→宵待草
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by otomeya | 2010-09-01 19:43 | 失われし場所

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失われし 場所

追憶の 時間

探している 真実

架空の庭



「蝶 ・ 骨 ・ 虹」


という音楽を聴いています。


今は宮元亜門氏と舞台をともにしているチェロ奏者 坂本弘道さんのCD.
販売されているものではないので、
とてもとても宝物。


好きなモチーフというものがあります。

誰にもあります。

リボン。薔薇。天使。十字架。レース。

蝶・骸骨・古いシルバーの、ひとつだけはぐれてしまった刻印の美しいスプーン

破れたランプシェード・くたびれたベア・もうだれも思い出せない肖像写真。


同じモチーフを好きでも、
そのモチーフの中のどんなものがすきなのか、
嗜好もまったく違ってくるし、
だからこそ、私自身でいられるのだと、思う。

何が真実で何をしたくて、何のためにやっているのか、
これしかできないと思ってはいても、
日々、うまくいかないことのほうが多いから、
くじけていることのほうが断然に多くて、
幸せそう、とよく言われるけれど、
幸せなのは、普段があまりにもなにもできない自分に落ち込んでいるためで、
あなたにこのお店素敵ですね、といってもらうヒトコトだけで
それがたとえ、私への思いやりからくる少し過剰な褒め言葉だったとしても、
それで頑張らせてもらうことができると思うと、
感謝せずにはいられない。
それだけのこと。

分からない人にはわからない。
謝っても、泣いても、怒ってみても何も伝わらない。
伝わる人には言わなくても伝わる。


昨日はお姉さまに会いにいっていて。
とてもとても素敵な方なのに、ちょっと大変な事情になっていて、
助けてあげたかったけれど、
私には何もできなかった。
お姉さまが支えてきたもの、
抱えているもの、守ってきたもの。
私の20倍の重み。
私になんか、助けてあげられるわけのないとてもとても重いもの。


「とてもとても重い靴をはくんだ。

歩いているのが、ボクにもよくわかるように」

と友部正人は歌っていた。



私もその思いで店を始めた。

ふわふわのものも好きだけれど、
重い重いものも好き。
古くて時間がとまっているものが、愛しい。


お姉さまの重みが切なすぎて、
大好きだったお友達のHPを探して
彼女の古い日記を読んでいた。

彼女は私と同じ種類のヒトだけど、
ふわふわした天使のような方で、
私もそれが少女だと思っていたよ。
でも、今は、重い靴を履くことを決意した。


「蝶 ・ 骨 ・ 虹」

を聞いていると、私の中のとても素敵なモチーフたちが、

きらきらとひらひらと私の精神世界の中で舞うような感覚をいつも味わいます。。


リボンはリボンでも、この形じゃないとイヤ!

アンティークレースはレースでも、この風情がないとダメ!

大きく見れば同じようにロマンチックでかわいいもの、なのだろうけれど、
そういうものを好きだからわかりあえるとか、同志であるとかそういうものではない。

だけど、とても少ない確立からではあるけれど、
そういものを通じて、出会えることも、ある。
「重いもの」を持ち続けながらも、決して逃げないで、
だからこそ、生きている!というかのように、真摯にけなげに頑張っている人に。

私自身がそうなりたくて、憧れの人を探すように、
美しいモノ、素敵なモノを探しているのかもしれない。
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by otomeya | 2009-03-25 10:48 | 失われし場所

古きよき...

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丁寧に作られた昔のよい品物に感動することがあります。
建物、照明、小物入れや婦人のブラシ、
オートクチュール時代のコサージュ、
手で編まれたレースや刺繍細工...
亡くなった叔父の倉の荷物整理をしてでてきたおもちゃのピアノは
黒鍵はないけど、鍵盤まで木製。
わ~!すごいっ☆って感動して、音をならしてみました。
今まで考えてきたおもちゃのピアノの音とまったく違いました。
透き通ってて、天にまで届きそうな繊細でささやかで、
だけど硬質なガラスのようで、なのに優しさなある情緒的な音。
大きさもあるんだろうけど、本物のピアノの音ともまったく違いました。
日本はもはや情緒少ない町並みと、
残念ながら人の心からも日本らしさは薄れて行ってるかもしれません。
もちろん、私も含めて。

なくなっていくお気に入りの風景を思いうかべるとき、そんなことを思うけど、
この木製トイピアノの音色を聴いたとき、
私もすでに失われた世界で育ったんだなって改めて思いました。
この音色を聞いて育ちたかった。
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by otomeya | 2005-11-27 21:42 | 失われし場所

大阪の美学

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撤去のための囲いもできて、
取り払われるのを待つばかりの、悲しい阪急のシャンデリア。
デジカメにて、撮影しました。
大阪は何を目指して、どこに向かっているんだろう。
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by otomeya | 2005-11-14 13:30 | 失われし場所

「クラシック」追悼   ~倉本 潤 氏~

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「クラシック」追悼

マッチのラベルにもなっていた
女性のプロフィルの模写は
誰の画だったのか

五拾円のコーヒーと
四拾円のピースと
拾円の電車賃で
半日が過ぎていった

カビとクレオソート 重油と
トイレのかすかな臭い
摺りきれたLP

すでに子どもではなく
大人とは認められない日々
友情と新しい上着と
女の愛が欲しかった

中野「クラシック」
老いた扉を開き
かなうことなら もう一度
あの黒板に 無限旋律を
書き込みたかった

           倉本 潤
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by otomeya | 2005-08-02 17:06 | 失われし場所

失われし場所と時間

先日、約二年振りに東京の喫茶店を巡る旅をしてきました。
時間の流れを忘れさせてくれる喫茶店は、
二年ぶりでもそのままにあるのが当然だと思っていました。
しかし、それはただの浅はかな夢でした。

お江戸ならではの神保町「李白」は、お店の趣向を変え、ジャズ喫茶「きっさこ」となり、
中野の「クラシック」は店主様の人生とともにお店を閉じられていました。

クラシック閉店は事前に聞いていましたが、
どうしても信じられなくて閉店してしまった「クラシック」の前まで行ってみました。

一月末で閉店した店には、主人がいないのをいいことにスプレーで意味のない落書きがされてある。
歩きながら食べたマクドナルドのゴミや空き缶もたくさん投げられてゴミ山までできている

哀しさや残念さではなく、なんだかわからない情けなさが込み上げてきて言葉がでない。

大好きだった窓についていた木枠も姿をけしている。
扉の横のガラスから中をのぞくと、二年前そのままの手書きのtoiletの文字やリクエスト曲を書き込む黒板がみえるのに。

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扉には、閉店の言葉と現在、クラシックを管理している法律事務所の連絡先が書いてある。
そのしたには、持って帰れるようになった紙がファイルにいれてあるから、
手にとって、そこに書かれている詩を読んだ。

何も変わらないまま手の届きそうな店内がみえるのに、
クラシックは戻ってこないよと冷酷に嘲笑うようなゴミの山と落書きの前で、
詩を読んで初めて、クラシックがなくなってしまったことの実感がわいて涙が溢れてきた。

溢れてきた涙で、クラシックを失ってしまった喪失感を埋めることができるはずもなく、
からっぽになった心のままで、店をあとにした。
立ち去るときには、クラシックがもう化石のように見えて、心の中で合掌した。

本来ならば、乙女屋のHPにある東京喫茶案内と題したページを新しい情報に切り替えるべきなのですが、
私がすごしたあの店でのひとときをせめて乙女屋サイトにだけでも遺しておきたい。
失われた場所と時間はもう二度と戻らず、
今あるお店でさえ、いつまでもあるという保障はない。
ならば、せめて乙女屋の喫茶案内のページだけでも時間を止めたい。
そう思って、乙女屋のサイトの案内ページの更新はやめました。
明日は、クラシックでいただいた、詩を紹介したいと思います。
すぐにでもかけつけたくても、どうしてもいけない、
全国のクラシックFANのためになると
思っています。
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by otomeya | 2005-08-01 17:05 | 失われし場所