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少女と乙女

e0037611_1931448.jpg「少女」
「乙女」
「女の子」
興味のない人には、おそらく同じでいいじゃ~ん。
っていう言葉たちなのですが、
私にとっては、これはそれぞれ別の意味。
きっと、見てくれている人にも、それぞれこだわりがあるんだと思う。

聞いてみたい気がするけど、
正解がないことを聞くのって、
話の終着点が難しくて、私はちょっと苦手。

ちなみに、この画像は私のなかで「少女」です。
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by otomeya | 2006-06-29 19:01 | 日々の戯れ

地味更新2

e0037611_032937.jpg横のバナーのエキサイトリンクというところに
ひそやかに気になるサイトが追加されているのを、
気づいていただけてますでしょうか?
その名も「少女古書館の乙女日記」
たまらなくそそられる(笑)名前です。
ぜひぜひ、伺ってみてください。
そのそそられるタイトルに名前負けしない、すばらしいコレクションが拝見できちゃいます☆
私も日々見ては、むふふ・・・・☆しておりマス☆ 少女古書館様のブログ
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by otomeya | 2006-06-27 00:32 | *お気に入りサイト*

アンティークドールの魅力

e0037611_1712639.jpg
「青い目の少女や赤い靴を履いた少女が、
私たちを誘惑します。
道案内を勤めます・
どこへ・・・?
おとぎの国でしょうか?
異人さんの国でしょうか。
それとも時計のない、静かな白い世界でしょうか?
・・・・でもそれはひみつ。」
           (太陽 「人形遊び」より引用)



昨日、少しずつ片付けているお部屋の中から、素敵な文章を見つけました。

e0037611_17254982.jpg「アンティークドールの視線は、どこを見ているともつかない。
さながら異次元に座して、異次元のかなたに見入っているようでもある。
しかしながら、彼女らは存在するのだ。
そのことが日々己の輪郭を見失いがちなわたしたち現代人に強く訴えかける。
わたしたちは自分のかたしろとしての人形に支えられ、逆に存在ということを教えられ、生気を吹き込まれるようでさえある。
彼女らの顔は微妙な齟齬からなっている。
眉も眼も決して左右対称ではなく、
唇もまっすぐではないのだ。
だがそこにかえって恐るべき肉感性と現実が生じてくる。

現代のコピー品が同じ型、同じ材料から成りながら、
存在感の強さにおいてくらべるべくもないのは、
眼球の質の問題とともに眉や唇の描き方に商品化された愛らしさだけを目指している、
と考えられるからに他ならない。
少なくともオリジナルの人形は、愛されようという精神は持っていなかったと私は思う。
彼女らは愛する人形なのだ、
私たちに理解される、私たちのひながたなのではなく、
私たちの理解を拒む異物であり、別個の意識を持つ存在なのである。」  
 (井辻朱美氏 「アンティークドールを置くと部屋の隅に魔界ができる」より抜粋、引用)

「グレープフルーツ」という別冊雑誌に寄せられた、モノクロコラムの中の文章なのですが、
なんだかすごく、ぐっときました。

「愛される人形ではなく、人を愛することができる人形に」
というのは、天野可淡さんの写真集のあとがきにも書かれていました。

いろいろな愛し方、思い入れの持ち方があるのだけれど、
この方の考え方は、なんだか、すごく考えさせられました。
最近は、かなりリプロで素敵な作家さんものにめぐり合えます。
ピンとこないアンティークドールより、出会いがあるなら、リプロでもいいな。と思います。
それくらい、いいな~~と思います。
作家さんもののアンティークドールは、愛されようとしているのではないのかもしれない。
そういう思いでつくられている方のお人形が、私にはぴんときてるんじゃないかな~?
と思いました。(ご本人に聞いていないので、わかりませんが)
もちろん、技術があってしか、物事を作ったり表現したりできないけれど、
うまいだけでもダメで、作り手の思いや、考え方が、伝わるんだと思います。
ものすごくうまい人も、いるけど、そのお人形から伝わるものが、なんでソレなのかな?
っていうことも、あったりするし。

表面に見えることだけじゃなくて、ココロの奥で何を大切にしていて、何を伝えたいか。
何をしていても、最終的にはそれが大事なのかもしれない。
e0037611_1738096.jpg今回、使用した画像は、アンティークドールポストカード集から転載しました。
このポストカード集は、HPにて販売予定しています☆
古い本で、のりづけが弱ってしまい、カバーと本体が離れてしまっているものですが、
ポストカード自体に汚れなどはありません。
たくさんのお人形が紹介されているので、ドレスや表情などの参考にもなります。
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by otomeya | 2006-06-19 17:38 | 日々の戯れ

2006年5月17日~6月16日までのオーナールーム内容

e0037611_14242443.jpg
更新、まったくサボってしまっていて、ごめんなさい。
せっかく見に来てくださったのに、
何の変化もなかったら楽しくないですよね。
本当にごめんなさい。

ブログでは、レポートを紹介しましたが、
さる4月30日には、初めて人前にでて、販売をしました。

今まで、こそこそと、ネットの影に隠れてやっていた者が、
人様の前で、ちゃんとやれるのだろうか。
そもそも、人様が立ち止まってくれるのだろうか・・・。

不安な要素しか思い浮かびませんでしたが、
せっかくご好意で声をかけていただき、
こんなチャンスは二度とないだろうとも思っていましたので、
ダメでも何でも、できることをやるしかない。
との意気込みで、不安はたたき消して、楽しめばいいや。
とも思って、当日を迎えました。

数々の素敵なかたがたとの出会いもあり、
いろいろなことを得ることのできた、ありがたい機会であったと、
心から感謝しています。

なんと、二回目も、大好きなクリスマスシーズンの12月3日にきまりました。
一度だけでも、ものすごく嬉しかったのに、二回目も決まり、
これからも、もっといろいろな方と出会えたり、
一緒に参加している方とも、もっと、親しくなれるかな。
そしたら、こんな私でも、少しは、描いていた何かに近づけるかな。

なんて、素敵なことが、たくさんたくさん、実現しそうな、
小さな夢の種から、芽がでてくるような、
ふしゅふしゅしたくすぐったい何かを感じます。

素敵なものを愛していても、いつでもやさしくありたいと思っても、
現実を生きていくには、いつも、形は違えど、それぞれに、
悲しかったり、つらかったり、いつまでも届かない思いであったり、
いろいろなことがあります。

それをなめあって、なぐさめあうのではなく、
抱えながらも、前に進めるように、
前に進んでいくことで、抱えていたことを、昇華できたり、
もっと素敵な現実の中で、自分が受け止める強さを見につけることができるように、
なればいいな・・・・。
なんて、思ったりします。

立ち上がったり、自分の強さ得ることは、ひとりひとりにしかできないけれど、
素敵な現実を作ることは、一人では不可能。
人と協力することも、自分が一人で保ち続けなければならない矜持も、
どちらもなくてはいけないということを、改めて考えました。

久しぶりに英国から荷物も入荷☆

これからも、どうぞ、よろしくお願いいたします。

(5月17日 乙女屋 店主)
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by otomeya | 2006-06-16 14:24 | HPバックナンバー

いろいろなこと。

梅雨入りまでの、わずかなすごしやすい一日を迎えている関西です。
皆様、いかがおすごしですか?

ここ最近、素敵な出会いや再会が続きました。
新しいところに踏み出そうとしている人や、輝ける毎日をこつこつと、
楽しんで頑張られている人や、いろいろな人のお話を聞かせてもらえたりすることが多くて、
私の中でも、何かの節目に立たされているように思います。

大切な大切なものを失ってしまった私に降り注ぐ、これらの出会いや再会は、
何を意味しているのでしょうか。
特に大きな選択を迫られているわけではないのですが、
なにかくすぶるものがあって、ちょっとしっかり整理をして、考えなければならないと思います。
私は今、そんな時期です。

装丁に味のあるわけでもないふるいだけの本の間から、
偶然に、何の知識を持っていたわけでなく、手に取った画集がありました。
その人のことをまったく知らなかったので、少し悩みましたが、
なんとなしに購入して、お気に入りの喫茶店で読みました。

初めて知ったその人の存在、生き方、考え方・・・・。
それは、私にまったくない強さと、美しさで、だけど、私が求めていたものでした。

だけど、それはいうなれば間接的なことで、
直接、会ったこともなく、語られた言葉は、どこかから引用されたものであり、
一枚だけ見たことの有る原画は、そこに立ち尽くして涙したけれど、
たった一枚にすぎません。
そこから見えるものは、どうしても、その人の中の、一枚にすぎないでしょう、
どんなに強力な一枚であったとしても。

本当のことかどうかなんて、わかりません。
直接あって話ができたとしても、そうでしょう。
だけど、「こんな人かもしれない」と抱かせてくれる憧れの気持ちを、
たとえ本当のことでなくても、感じさせてくれる人も、なかなかいないのです。
本当でなくてもいいのです、ただ、私は、私が求めているものが、そこにあると思わせてくれる。
それだけでも、もう、すごいことなのだと思うのです。

そんな人の展覧会に、今週は行きます。
今回に限って、私には展覧会にいくという感覚がありません。
とてもとても恋焦がれた、憧れの、すごい人に会いにいくような気持ちです。

展覧会がきまったときから、着ていくお洋服を考えました。
見るであろう絵と、それをみる私を思い描いて眠りました。

思い描いたのは、大きなその絵と、私、たったひとりで、実際は、そんな贅沢な状況になることはなく、周囲のかたがたと、肩があたらないように注意しながらみることになるのでしょうが、

私の中では、絵と、私。

そうなるのです。

あこがれた画家の絵たちは、私に何を語るでしょうか。
何を考えさせてくれるでしょうか。

どきどきします。
でも、きっと、あの絵の前では、ないてしまうと思います。
今、こうやって文章を書くためにアタマで思い浮かべただけで、泣けてきてしまうんですもの。
見る前の気持ちが高まれば高まるほど、それは実際には冷静になってしまうことが多々ありますが、
今回だけは違うように確信しているのです。
もし、冷静だとしたら、それはなぜなのか。
それも、私にとっては、大きな問題になります。それくらい、大切な大切なものです。

この展覧会までに、今の私なりの気持ちと今後の目標をまとめなおしたいと思います。
そのまとめたものが、正しいのか、もう少し、考えなければならないものなのか、
きっと、わかるような気がします。
わからなければ、何度も通おうと思っています。

見てくださっているあなたにも、そういう対象はありますか?
長々、個人的なことを失礼イタシマシタ。
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by otomeya | 2006-06-07 12:07 | 日々の戯れ