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考え込む。

今の私には、現段階でまったく完敗だ、と思っている人が2人いる。

勝ち負けを決めるのは好きではないのだけれど、
その二人に関してだけは、どうしてもそう思ってしまう。

そして、そのうちの1人はまったくもって純度がすごい方で、
奥底に秘めた自信はあるのだろうけれど、
それ以上に美しいモノ自体への敬愛と謙虚さが感じられる。
自分がこの美しいモノを見つけてきました!という自負が感じられない。
美しいモノに対する謙虚さ、それを選びにくる客に対する愛情の深さ。
その姿勢に、これを私が見つけてきましたよ!
と誇示される以上に、逆に尊敬してしまう。
そして、私はその方には好んで完敗でいたい、と思うくらいに愛している。

もう1人に関しては、もちろん敬愛しているのだけれど、常に何かがひっかかる。
好きゆえに、何がひっかかるのだろう、とどうしても考えてしまう。
リスペクトがない人であれば、自分とは違う感覚の人だ、でおしまいで、
それ以上に何も思うところがないのだ。

一番のひっかかりは、その人の背後に、いつもビジネスの気配がする。
ご自身は好きでやっていること、
誰にも評価されなくていい、
とおっしゃるけれど、言葉以外の何かどこかから感じてしまう。


お金儲けは悪いことではない。
お金をいただくということは、誰かに必要としていただく、ということだから。
子供じゃないから、それくらいのことはわかっている。

でも・・・・
甘いのかもしれないけれど、お金儲けができるから偉いというわけでないと思う。

では、お金をいただくということ、とプロであるということ、
お商売ってどういうことだろう・・・・と漠然と考えていました。


そんな日々のある日、信頼できる方が日記に次のようなことを書いておられた。


[だから、例えばどんなにいい仕事をしていると思っても、そこに金が介在するなら、それはごく当たり前の経済行為でしかないから、特に誇ることでも、特卑下することでもない。

けれど、金の介在する仕事であっても、単なる経済行為以上の何かを感じる仕事ぶりとかいうものを目の当たりにする時がある。スポーツでもなんでも、地位や名誉金や記録や、そういうものではなく、何かそこに美しいものを感じる時がある。


そうだ、無償のものの持つ美しさと、有償のものの持つ美しさとは、その美しさに差がある。
その差がわからぬものの美学なんぞつまんないものだ。]

なぜ、その方の日記には、いつも私がちょうど思い悩んでいることのヒントが書いてあるのだろう。

そのことも不思議だけれど、ああ、そうか。と思った。

では、今度、気になってくるのは、私が永遠に完敗したままでいい、
あの人のセンスのうちで、自分がほれるものがあれば、
それはどんなに苦労をしようとも必ず自分のものにしたい。
お金が介在する行為であるにもかかわらず、
純度の高さも持ち合わせたあちらの方のすごさだ。

その人は、自分の選んだものでしっかり生活しているけれど、
そのことを誇示したりしない。
もちろん、卑屈にもならない。
ただ、そうやって生きている。
そして、感謝の気持ちも行動一つとってもとてもよく伝わる。
そう、扉を入ってすぐに見せてくれる、あのとびきりの笑顔!


なにかそこに美しいものを感じる。


そういう店に、私もなりたいと思う。


忘れたくないので、とりとめもなく書き残してみました。
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by otomeya | 2008-08-24 01:17 | 日々の戯れ

2008年の夏に見つけた小さな音色。

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古い懐中時計メーカーの刻印の入った小さな金属ケース。

重厚な素材なのに、どこか儚さを感じる美しいものでした。


気に入ってくださった方が、商品到着のご報告のメッセージの中に

「なんだか小さな楽器のようです」

と書いてあるのを読んで、
私がうまく言葉に出来なかったことを見事に言い当ててくださったような
とてもすっきりした感じがしました。


と、同時に、すでに売れてしまって
心の奥の記憶になってしまった小さな金属ケースが
今、ここにあるかのように克明に思い浮かびました。

さらに、実際には手元にあったときは聞かなかった、
あのケースが奏でる音色を聞いたような気がしました。
その音は、小さくて儚くて、きらきらした水晶のかけらようで
心の奥が、きゅっってなるような不思議な音でした。


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なぜ、お店を始めたのだろう。

ずっとずっとやりたかったことなのに、
ふっと疑問に思うことがあります。

自分が美しいと思うものを、だれかにわかってもらう。

素晴らしくありがたいことなのだけれど、
仕入れをするときは、いつも自分が素敵と思うものを選ぶので、
なぜ、自分はせっかく見つけた宝物を売るのだろう、
その衝動が自分でとても不思議でした。

そして、時折、二度と出会えないだろう商品を発送するとき、
とても寂しくなったりもすることもありました。

以前、悩んでいたときに、 mille-fille さんに素敵なメッセージをもらって、
それを大事にいままでやってきたけれど、
それでもやっぱり、時折、寂しかったのです。


小さな楽器のようなケースの奏でる小さな音は、
私以外の方に見つけてもらったからこそ、
私にも聞こえた不思議な音。

私だけがお気に入りとして持っていたのでは
聞くことのできなかった、小さくて儚くて切ない音。

こんな素敵な音がこの世にあるとは思わなかった。

そして、この音を聞いて、
なぜ、自分が宝物を売るお店を始めたかったのか分かった気がしました。


この音を聞くために、
私は雑貨屋さんを始めたのでしょう。
アンティークであっても、お人形であっても、お洋服であっても同じ。

きっと、ひとりで閉じていては聞こえない音楽が、
お金を出してでも買おう、と思ってくれる人に出会えたとき、
きっと鳴っているのでしょう。

商品を気に入ってもらうということは、
お金をいただく、ということのありがたさもさることながら、
目に見えないそういうものもいただいているのだ、
と改めて気づかせてもらいました。


お優しい皆様が、優しくしてくださるので、
つい甘えてしまったり、調子にのったりするアタマの悪い私ですが、
謙虚に、丁寧に、日々の中から学んで生きていこうと思いました。


そんなとても大切なことに気がついた
2008年の夏です。

気がつかせてくださったK様、
そして、改めていつもオーダーくださったり御注文くださる皆様。

ありがとうございました。

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by otomeya | 2008-08-14 11:01 | 永遠少女