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by otomeya | 2010-06-29 11:28 | 日々の戯れ

強く生きる言葉

強く生きる言葉 という岡本太郎さんの本を、自分のお部屋で発見。

もうひとつのブログにも書いたけれど、
私が岡本太郎さんに興味をもったきっかけの本。

先日、また間違えそうになっていた~~

と思って、軌道修正、軌道修正と思っていて。

で、そして、数日前の、それはそれは素敵なこと。

ここ1年くらい、不安に思っていたこと、
意気込んでいて、力んでしんどくなっていたことがありました。

大事なことは、目に見えなくて、
目に見えないものを感じられる、信じられることが、
自分の唯一、とりえかもしれないと思っていたのに、
いつのまにか、目に見えるものしか信じられなくなっていた私。

そんなことない。
ちゃんと、私の愛は伝わっているんだと、
目に見える形として、プレゼントをいただいた。

とてもとても生きていて初めてかもしれないくらいに、
とても感激しました。

そして、なんだか、不安と心配のつき物が
あれ、なんだったの?というくらいにすっかり消えて、
今、とても目の前がクリア。

お店を持ち始めたときの気持ちに、戻ってこれた気がします。

お店を持ち始めたときの気持ち。

それは、強く生きる言葉に選りすぐられている言葉の数々に共鳴する思い。

「ぼくはどんなに苦しいときでも、
苦しいような顔をしないから、
自由気ままに生きているようにみられたね。

ぼくは今までどんなに苦しい状況の中にあっても、
にっこり笑って悲劇的でありたいと思っていたからね。

食えなけりゃ食えなくても、と覚悟すればいいんだ。

それだ第一歩なんだ。

そのほうが面白い」

そう。そうだった。

乙女屋がOPEN14時からなのは、
食えないどころか、家賃が払えないときに、
午前中、どこかで仕事をしようと思っていた。

そうすれば、なにがなんでも家賃くらいは稼げるだろう・・・

売れるものを追いかけたりするくらいなら、
どこかでお金を稼いで、
ほかのだれもがたとえ、振り向いてくれなくても、
私が愛する世界たちを、これが素敵なものなんだと、
伝えられ、作品や品々が、ほっとできる場所を現実にしたかった。
その思いだった。
その空間が現実になるなら、私自身のどんな贅沢よりも、
なによりも、それが私にとっての贅沢だと思った。

四谷シモンさんが「人形で食べていこうと思ったことはない」
と、何かの対談で言っていたように、
私にとっても、たべていく(=お金を稼ぐ)手段としての「乙女屋」ではなくて、
自分の中の、なにかどうしても大切なもの・・・・
それを保つための、空間としての乙女屋であったはずなのだ。

「社会内の個。

純粋であればあるほど人生というものは悲劇だ。

人間はすべて矛盾のなかに生きている。

だから矛盾に絶望してしまったら負け、落ち込むのだ。

それよりも、矛盾のなかで面白く生きようと、発想を転換することはできないだろうか」

強く生きる言葉 (98P)


「人間は誰でも”ほんもの”を求めているはずだ。

だが、たいていの人がいい加減のところで状況に妥協し、
仮のもので我慢してしまう。

なぜだろうか。

それは逆に”ほんもの”なんてものがあると思っているからだ。

それは考え違いなんだ」(95P)



「思想とはほとんどの場合、社会の情勢とは悲劇的に対立する。

しかし、その対決で世界は充実していく。

それが”思想
なんだよ。

ほんものの思想だったら、状況はどうであれ、
そんなにかんたんにコロコロ変わるものではないはずなんだ」  (77P)

「情熱的であるためには、
すべからく冷静に
聡明に自分の真の心をつかんでほしいな」 (135P)


そんな言葉たちを宝物に、
もう一度、自分の真の心に戻りたいと思います
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by otomeya | 2010-06-25 01:27 | 日々の戯れ

ためいきばかりついている。

昨日は、とてもよく降る雨。

今日も雨を期待していたのに、
あれ?とっても晴れています。

かんかんに暑くて倒れそう。

なぜか昨日からどんどんのどが痛くて、
今日はいよいよ声が出ない。

最近、溜息ばかりついている。

わがまま病かと思っていたけれど、
昨日、お会いしていたかたと、
いろいろお話をしていて、あれ、違うのかも。と気がつく。

そうか、私、また間違えそうになっていた?
また、臆病になっていた?


手放したと思っていたのに、
いつのまにか、また背負っている。

わかったつもりで、
本当はなんにもわかっていない。

でも、「そんなことだってあるよ。」
そう思えるようになったことだけが、
最近のひとつ、強くなれたことかしら。

*

一瞬かもしれない、自分の気持ちゆえに、
大事なことさえも捨てて、
いつも逃げ続けるような生き方でしか、
自分を保つことができないような人に出会った。

会うたびにもどかしくて、
悲しくて、切なくなる。
私のことでは関係ないけれど、
普遍的な少女性を、彼女の中にいつも見出してしまう。

だけど、それはとても切ないこと。
とても悲しいこと。
彼女だけでなく、周囲の人も。

だけど、そうでしか、生きられないのだろう。

言葉にするなら、「切ない」としか、いえない。

*



それにしても、いろいろなことについていけない。

あれも、これもいや。


好きなものはいくつもあるけれど、
流行してしまうと、あー、なんか私のものではなくなってしまった、
という、物悲しい気持ちになる。


キライ、になるわけではないけれど、
流行して、同じような店やモノが並び始めると、
いまは、ちょっと、私はいいや、なんて思ってしまう。

いつかまた落ち着いたころに改めて向き合おうって思う。


だけど、周囲は、あれがいい、と探して周り、
お店にもそういうものが並んで、
そういうものが求められて売れていく。

だめじゃないか・・・・私。


流行になんてのらなくていいよ、ポリシーがあるんですよ。
なんて励ましが暗黙に聞こえてきそうだけど、
実際はそんないいものではなくて。

そうわりきれたらいいけれど、
流行に乗れない自分を、失格なのではないかしら、と思うし、
そうならそうで、あの人やあの人のように、
自分は自分とつらぬいて、
他人の評価や顔色を伺わないで
堂々と主張したり、自信を持って生きていくこともできなくて、
本当に中途半端。

だめだめ。

と思い始めたのは、もう夏が始まったということかしら。

夏がとにかく弱いので、毎年、迷惑ばかりかけてる。



大事なことは先のばしにしなさいー迷ってばかりのあなたがうまくいく32の法則ー という香山リカさんの本を取り寄せた。

すらすら読めるけれど、内容があまり深くなくてがっかりした。

手軽に読みたい人にはおすすめかもですが、
個人的には

しがみつかない生き方―「ふつうの幸せ」を手に入れる10のルール (幻冬舎新書)

がとても面白かった。

内容もとても重くて、落ち込むくらいに。


だけど、こうしかできないのだから、
ずっとずっと好きだと思うこと。
とにかく憧れ続けて、切なくなるような日々を
感謝ですごすしかないという結論に
今日もたどり着くわけです。

大事なものは目に見えなくて
カタチにも言葉にもすることができない。

だけど、きっとある、と思える日と、
いや、そんなこと、どうだっていいんだ。

今日、この日の食事の為に、
贅沢をせずに懸命に誰かに求めらて賃金をいただける仕事をするということは、
なんと尊いのだろう
私はなんて現を抜かしているのだろう、と思うこともある。

だけど、まあ、なんとなかるものですよ、
と昨日のあの人からの言葉を信じて、
じたばた生きてみましょうか。
もしくは、なにもしないと決めて、時間をすごしましょうか。

どちらも素敵な気がしてきました。

よし、今日もがんばろうっと☆!
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by otomeya | 2010-06-19 10:02 | 日々の戯れ

祈りを込めて。

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by otomeya | 2010-06-18 10:59 | 日々の戯れ

乙女屋のいいモノ見つけた♪

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お気に入りたち♪
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by otomeya | 2010-06-17 19:05 | 日々の戯れ

お気に入りの画像たち。

お気に入りの画像たち*

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(antique ボンネット) 非売品


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(2009年 パステル展のDMに使いました スウィートノスタルジアさんの小物セット) SOLDOUT
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by otomeya | 2010-06-09 00:28 | 日々の戯れ

サイズ参考に

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ドールサイズステンドグラススタンドです。

商品詳細へ

お客様のお人形「月曜日」ちゃんを
サイズ参考モデルさんになってもらいました。

ありがとうございました!
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by otomeya | 2010-06-08 14:15 | 商品入荷関連

過去という概念

「過去」に縛られて、
「いま」を、本当に楽しめていないときがある。

私も、そうだったときがあるから、
そういう人を見ていると、他人事と思えない。

でも、そういう人を助けることはできない。

いいや、そういう人でなくても、
他者を誰かが、助けることなんてできない。

人が救われたり、
幸せになれたりするのは、
その人自身が、思い、感じることだから、
他者がどうにかできる問題ではないと思う。

こちらがよいと思っても、
相手にとって迷惑なことだって、たくさんあるに違いないから。

でも、なんだかとても気になっていて、
すこしでの、その人が動き出せるようななにか、を
私が出来ないかと思ってみたりする。

だけど、やっぱり旨く言葉に出来ないなぁと思っていたら、
ここのところ、ジーニーさんの話ばかりしていて
ちょっと、どうなの?って感じですが、
やっぱりジーニーさんのページから、
そうなの~~!!そうそう、と、
自分では言葉に出来なかった文章を見つけたので、
私も大事にしたい言葉だと思ったので、
ここに引用させてもらいました。

*


「過去というものはあなたが思い出した時にのみ心の内に存在するものなので、
実は過去をコントロールすることも自由にできる。

過去の悲しい出来事をこれまでと同じ見方でとらえて、
不快な気持ちを繰り返し感じることもできるし、違った見方でとらえることによって、
より穏やかな気持ちを感じることも可能である。

そんな内なる世界の無限の可能性に、今あなたは目覚めつつある。

まず自分のために、いずれは人のために、
大いに役立てたい素晴らしい能力が今あなたに芽生えている。」

(文章をいただいた元のページは→「ジーニー 助けてエンジェル」

*

それぞれに、抱えるものは、いろいろあると思いますが、
だいぶ前、重いものを抱えていて、
でも、捨てられないで、それでも笑顔で笑える人が愛しいと、
そういうことを記事に書いたことがある。

そのとき、あなたにとって重いものとはなんだ。

と聞かれました。

私にとって重いものは、捨てられない感情であったり、
欲望であったり、しがらみであったり、固定概念だったり、
物欲への執念だったり、理想への渇望であったりする。

私の「理想」は、どうも、現実的な堅実的なものとそぐわないもので、
理想を求めれば求めるほど、
数々のしがらみを捨てたり、犠牲にしなければならないものがあるようだから、
日々、悩みながら、周囲に詫びながら、生きている。
迷惑をかけているなぁ、と思いながら。
でも、必要としてくれる人もいると、最近思えるようになったので、
それでも、笑顔で笑えるようにと、日々、泣いたり、すねたりしながら、生きている。
だけど、その葛藤の日々は、常識的な人から見たら、
意味のないことかもしれないけれど、
私は、つらいことも、悲しいことも、
楽しめている。
なんの苦労もないけれど、理想も諦めていたころを思えば、ずっと、
今のほうが幸せ。

だけど、しばられている「重いもの」が苦しいものでしかないのなら、
それは、私の思う「重いもの」ではない。

ジー二ーさんにはもちろん何の面識もなく、
スピリチュアルな知識も、ほかの事はなにも知らないのだけど、
なぜか不思議と、私が言葉に出来ないで悩んでいることを、
記事から見つけることが出来るので、
勝手にとても助けてもらっている。

いろいろなことがありますが、
せっかくいるいま、この現在を、
すべての人が、自分にとって心地良い環境で過ごせていることを願います。
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by otomeya | 2010-06-08 12:01 | 日々の戯れ

ベアの先輩に教えてもらったこと。

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(4月某日。シュクレに続き第二弾のスタイリングをさせていただきました。
プライベート写真の依頼なので、公開できないのがザンネンでした。
また スタリングのお仕事がくればいいなぁ。。。。。)

先日、もうひとつのブログのほうに
素敵な発見をしました!
と書いたきり、更新が遅くなってゴメンナサイ。


素敵な発見というのは、ベアのことです。

最近、たくさんお話してくださるようになったかた、
とってもベアに詳しくて、
私はすっかり先輩とお慕いさせていただいてます。

実は(?)、私もベアが好き。

いい年になって初めてほしいと思ったのは、
メリーソートのチーキーでした。

少しずつ集めて、
でも、なかなか数が増えないから、
数集めにベアを自作してみたりしていました。

で、時は流れ、しばらくお人形に気持ちが移っていたのですが、
おととし ハンガリーで再び、ベアたちに気持ちがすこし戻ってきて、
そこでであったから・・・・というのもあるかもしれないけれど、
最近は、古い子かアーティストのベアが気になります。

で、先輩はベア道にとても詳しいので、
いろいろ教えてもらったり、
あわせてもらったりしているのです。

感謝しております。

でね、いろいろお話していてね、
メーカーの上等な子だからとか、状態がいいからとかじゃなくて、
かといって、ただぼろぼろのアンティークの子だからいいってわけじゃなくて、
なんか、それぞれの子が受けてきた物語というか、
流れてきた時間とか、そういうのが、多分、
同じぼろぼろでも、ぼろさにいろいろでていて、
だから、大事に愛されている汚さと、
ただただ愛されなかった、ほったらかされていた子との差って、
なんかあるんだよねーということを、
教えてくれたのです。

あー!なんか、それって、すごくそうだわ!!!!

と、お店で感じていた、
なんだかちょっと不思議に思っていたこととすごく繋がって、
目から鱗!
そうそう!!!!

と感激したわけです。

画像に写っているベアは
ノーネームで、くたくたで、足のパットにも前の持ち主の名前が書いてある。
お店のひとが、何匹も見せてくれた中で、
私はこの子がどうしても好きで、
案内してくれた人も、お店の人も、
どうして、そんな一番寂しそうで、
いちばん汚い子を選ぶの、と驚いてた。

でも、この子は、きっととてもとても愛されていたのだと思う。

愛されていたけれど、
愛してくれていた人と、
離れてしまって、でも、愛されていたことを忘れることもできなくて、
思い出とともに、時間をとめていたのだと思う。

この子といると、
不思議と素敵な物語が始まるような、
ノスタルジックで不思議な空気が漂います。

それは、きっとこの子が持っている
いまはもうもっていないけれど、
確実にあった追憶の思い出。
今、現実にその時間がなかったとしても、
それでも、完全に失ったというわけではなく、
いまも、まだここにあるという現実。


うまくいえないのだけれど、
なにかそんな、時空も、個人も、個体でもない特別なものが
この子に込められているように思います。

そして、ある日、私はこの子から、不思議と名前を教えてもらい、
手放すことをやめてしまって、
しばらくそばにいることになりました。

だけど、いつの日か、
私もこの子と離れなければならなくなる日がくるでしょう。

そのとき、この子は、私と過ごした楽しい思い出とともに、
次の誰かを幸せにしてくれるでしょうか。


誰かを傷つけたり、傷つけたれたり。
だけど、それでも誰かを愛したいと思ったり、
だから、もう傷つけないように、と何かを学んだり、
そんなことをしながら、
人は生きていくのです。

乙女屋から旅立っていくお人形やぬいぐるみ
雑貨やお花たちが、
愛されて、より、それぞれに美しい何かになっていきますように。

と思いました。

まだ、なにかが伝えきれませんが、
とりあえず、今、一番、言葉に出来る形はこんな感じです。
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by otomeya | 2010-06-06 00:34 | 日々の戯れ