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人間の本質

大好きで、なおかつお世話になっているフリーペーパー
の文章をなんとか完成。

前回の「変化」は、私にとってそれまでにゆかりのなかったテーマで、
自分の中の根本的な部分を覆して文章を書いたので、
苦労して苦労したけど未完成・・・・

まだまだ・・・・と思いましたが、今回は、テーマをいただいたときに、
ある程度のことが自分の中にあったので、それを整理して書きました。

前よりは・・・・ましかな。

でも、そう思っていても、時間を置いてみると、
いつも言葉の使い方、こまかいところが、反省です。

それでも、大好きなに関われているということは、
私にとっての数少ない誇りです。
本当にありがとうございます。


さて、今回、テーマについていて考えていて、気が付いたことがありました。


私は、あまり信じてもらえませんが、
かをるさんくらいしかわかってくれませんが、
私はとても考え方が暗いです。後ろ向きです。
大体は絶望ばかりしていて、かといって怒るというほどに自分に自信もなくて、
大体は下を向いて、野に咲く花を美しいと思い、
かといって高級なものなんて!と一線を隠せばいいのに、
ソレは別物として、いや、それぞれの美しさとして、
高級薔薇店をウインドーから眺めて憧れてくらし、
空を見て、刻々と変化する美しさと儚さに涙を流して
ぼろぼろのアンティークレースの小さなかけらを眠る前と朝起きて見つめて暮らし、
それ以外のことは、大体のことを諦めて、
思い通りにいかないことが人生だからとがっかりすることも忘れ、
思い通りに物事が運び、人の痛さがわからないなら、
現実を生きている人たちと、かつかついいながらも、
笑いあって、生きているほうがいいや、としょうもないことばかり笑いあって、
だけど、心の中では、たくさんのものなんていらない。
自分のエゴなんて捨てたい。
自分の憧れの未来としては、自分のことなんてどうでもよくなるくらいに、
ただひとつ、信じることの、あるかないかわからない「美」を求めて、
ただただその片鱗でもつかめるならば、
私は強くずっと笑えるのではないかと信じて生きているような、人間です。
だから、表現の現場でよくいわれる「個性的であること」や
主義主張を通すこと、などは、実はあまり興味がない。
自分を通さないほうが、美しいと思えるならば、そんなところで通してもしかたがない。
それなら私がひっこめばいい。
そんなことじゃあ、誰も付いてきてくれないよ、なにをすねているんだ!ばか!と
心配してくれる人が多いけれど、私はとにかく、(姿・形じゃないですよ)
自分にとって美しいと思う生き方を貫いている方に、感激してほれてしまうし、
自分もそのひとたちの作品を扱っているのだから、
そのように片鱗でも美しくありたいと思うのです。
ええ、早川義夫さんが、ジャックスのCDのなかで
「まな板に横たわる魚のように、美しく死にたいものです」と書いたように!




世の中には・・・・

美を求めるという人には大きくわけて3つかな、といま、は思っています。
明日には変わるかもしれないけど・・・・。
ここ2ヶ月、そう実感することが重なりました。

「自分の価値を高めるために美を求める人」
「自分が、愛でる対象として、つまり別物として美を求める人」
「自分を捧げてでも、なにか美にまつわる何かをつかみたいと思う人」


私は、この3つはそれぞれにすばらしい、
個人の考え方なので、どれが崇高で、どれが下劣だとは思いません。

しかし、一番理解ができないのは、
自分の価値を高めるために、買っているよね・・・・と明らかに感じる人ほど、
「自分は、利益の為に作っていない。純粋に創作をしたい」といってみたり
「誰かの為に」といってみたり、「純粋に好きなので・・・」と謙虚ぶっていうことだ。

自分は自分でいいじゃないか!

いさぎよく、美しいモノは、私の価値の為よ!と言い切る強さがほしいものだ。

まあ、そんなこというと、敵が増えるから、大声ではいわなくていいかもしれないけど、
それくらいいえたら格好いいよなぁと思う。

とあるひとは、それができているように思えて、
よく悪口を言われているのを聴くけれど、私はとても尊敬していて格好いいとおもっている!
一方で、あの店は・・・・と陰口を言っては、自分の正当性をいうのは、醜い。

自分は自分!他人は他人!

それでいいじゃないか!

前は、私なんてなにもできない~~とすねてばかりいましたが、
そう思える強さを、薔薇の館の展示中に、私はもらえた気がします。

本当に皆様ありがとうございました。


ちなみに、もうひとつ思ったこと。

妙に親しく優しくしてきてくれて、
仲良くなって・・・信頼してもいいのかな?と思ったときに、
最後の最後に裏切られることってなんて多いのでしょうね!


私の好きなひとたちは・・・・
親しくしてこない、寄ってこない
どちらかといえば、ぎこちないくらいな人ばかり。
だけど、最後の最後とか、
困ったときに、心の支えになってくれる人ばかりだ。


お店をしていると、いろいろあるので、
自分を見失いがちだけど、
社会的にきちんとしないといけないことと、
だけど自分自身の本質はしっかりと見据えて、
どうしても捨てられないものを大切に自分に厳しく磨きをかけながら、
なるべく人様に迷惑をかけないように、生きていこうとおもいます。
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by otomeya | 2010-09-30 11:40 | 日々の戯れ

ある日の妄想。

ずっとうつむいていた少女が、
いつのまにか、まっすぐに目を据えていることに気が付いた。

その人に出会い、
しばらくの間、私は泣いてばかりいた。

愛しいものを守るために、
私は、私自身のいろいろを捨て続けた。
自分を大事にすること。
自分の心を癒すこと。
それはすべて後回し。
それでも、・・・・・を守れるなら、それが生きる唯一の救いであったから。
傷つくことなんて仕方がない。
自分が選んだことだから。

心に鎧を着せるのではなく、自分自身を鎧にして、
大事なものを守ってきた。

それは、義務ではなく、知らず知らずのうちに。

すると、いつしか、どこからか、
傷ついても平気。人に合わせることも平気。
なんでも平気。
失望するのは当然。
頼れるのは自分だけ。
だけど、頼られる。
頼れないけど、頼りにされたら、答えなければ。
自分のことは、どんどんと後回しになっていた。


その人に出会い、私は泣いてばかりいた。
悲しいのか、嬉しいのか、寂しいのか、わからなかった。
ただただ泣いて・・・・
気が付いたら、昔の自分が持っていた弱さや気持ちを取り戻していた。
泣いてばかりいるくせに、
一方でとても強くなった。
もう、周りのことは気にしない。
私は、器用に出来る人間ではないのだと限界を知り、
ならば、唯一できること。
それのみに専念することにした。
その勇気を貰った。

ひとりの少女が私の中に、日々巣食っていくのがわかる。

その少女はとても可憐で寂しそうで可哀想なのに、
一方でとても頑なで傲慢で強いのだ。

いつしか、いまの私は私でなくなり、
少女に飲み込まれてしまうかもしれない。

でも、それは、なんと本望なことだろう。


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秋の夜、雨音をひとり聞きながら
葡萄酒を飲みながらの、たわごと。。。。。。
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by otomeya | 2010-09-28 01:59 | 永遠少女

つれづれと。

秋の夜に雨音を聞く。

自分が関わる前から大好きだったフリーペーパー「毬」

次に出る号にも、文章を書かせていただくことになり、
テーマに沿って、執筆モードのスイッチをいれる。

執筆モードといっても、私は、ロマンチックなポエムがかけるわけでもなく、
論理的な文章がかけるわけでもなく、
ただただどうでもいい自分の概念を言葉にすることしかできない。

普通の人とは違う解釈、違う文脈。
なぜか「言葉」に、妙なこだわりがあるので、
それを自分で理解したくて、書いているのかな。と思ったりする。

今回書かせてもらうのは4回目。

最初のテーマは「不安」
二回目は「他人」
三回目が「変化」でした。

今回は「未来」。

肩に力をいれまくっていた前回までと違って、
すこし、気楽に書いてみようかなと思ってみたりしています。

締め切りまであと3日。

がんばります。
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by otomeya | 2010-09-28 01:42 | 日々の戯れ

ヒトリに還れる場所

昨日は、ひさびさ~~にゆっくりとヒトリで喫茶店へ。

いつもの常連さんが、
新聞を読みに、珈琲とトーストを頼む。

流行の雑誌を持ってきている人はいなくて
ヒトリを楽しみに来ているお客さんばかりの店内。

そういうお客さんが集まりにきている店。


ココにくると、よほどのことがないかぎり、
いつも私はヒトリになれる。

ついつい、情に流されて、
なんだか、違うのでは?と思うことがあるとき、
その喫茶店に座り、ぼんやりふるい壁を眺め、
古い照明に照らされていると、
醜い五月蝿い雑音たちは流されていき、
本来の自分がはっきり見える。

喫茶店は、
アンティークショップは、
私にとって、そのためにある。


そんな店に、乙女屋もなりたいのだけど、
ちょっと、いま、私はしゃべりすぎかな。

黙っていても、楽しんでもらえるような店作りを考えたいと思う、
今日この頃。
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by otomeya | 2010-09-27 12:41 | 日々の戯れ

薔薇の館

私の本業は 乙女屋 というセレクトSHOPの経営です。

2010年9月19日~30日の間、
大好きなお人形が乙女屋に展示させてもらえることになり、
この子のための薔薇の館を築くことにしました。

このお人形は、誰かのものになることのない、
特別な作品。

その子にふさわしくなるように・・・

会期が明日にせまっても、まだまだもっとこうしたいと・・・・思うことがたくさんあります。

ほんのわずかだけれども、
特別は空間を、一人でも、感じていただき、
私がこの子から教えてもらったような
美への憧れと、生きていく切なさのようなものと、
永遠という、儚さと絶対性の曖昧な幻想。

うまく言葉に出来ない、
不思議な感情を、考えさせられる作品です。

セレクトSHOP(本来は作品やアンティーク雑貨を売っている物販のお店です)なのに、
非売品がほとんど!というどんな展示やねん!
と、この不況に開き直ったかのような
贅沢なイベントです。

ぜひ、遊びにきていただけたら嬉しいです。


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by otomeya | 2010-09-18 11:12 | 失われし場所

自分にとっての本当のこと。


いつも、元気をもらっている、
ジーニーさんのサイトに、
また、私がとても伝えたいことの一つに関する想いと同じことが書いてあって、
嬉しくて鳥肌!

*

「代用品で我慢していると、本当の願いがわからなくなってしまう」のは、
過去に僕が何度も失敗を繰り返してきたことでもあります。

かなりデリケートなテーマでもあるので、
本の中に書くのが少し難しかったのですが、
思い切って書いてみて良かったと感じました。

人生のすべての分野において、同じことが言えるからです。

洋服一枚、アクセサリーひとつでも、
本当に自分が欲しいと思って手にしたものは、きっとそこに「本物の愛」を感じることができるでしょう。

そして、長い間それを大切にすることができるでしょう。

新品・中古、値段の高い安い、
有名・無名などに関わらず、あなたが本当に好きだと思って、
欲しいと思うものこそ、あなたが手に入れたいもののはず。

それに似ているという理由から手に入れたものは、
「本物ではない」ことを、あなたは心の底で良く知っていることでしょう。」


ジーニーさんの下の記事
http://helpmeangel.blog70.fc2.com/blog-entry-669.html




小学校のころから、乙女屋をはじめるまでずっと、
私のほしいと思うものは、
周囲の人々にとって、不要なものであったり、
豪華な贅沢品だったり、愚かなものだったり、
無駄なものだといわれてきた。

だけど、どうしても、譲れずに、
ずっとずっとココまできたのでした。


そんなに高価なものはいらない。


なんにつかうの?
なんの役にもたたないものが、なぜそんなに高いのか?


前はその都度、自分を責めたりもしたけれど、
いまは、私以外にも必要としてくれる方に出会い、
もっとたくさんの葛藤と戦いながら、
美を生む出そうと、真摯に向き合う作家さんの強さを知り、
私が大切だと思うものを、
全力で守り、ほかのだれよりも愛して大切に守ってみせる!と。
そして、わからないひとは、わからないひとでいいから。
必要としてくださる方が、また、ひとりと、そっと、
秘密の小部屋のような乙女屋へ、
迷い込んできてくれることを祈って、
細くても、とにかく長く、
お店を続けたいと思っています。


私にとっての「ほんとうのもの」は、
高い安いではなく、ここにあると。

そういえる、乙女屋を目指して、
今日も、楽しく一日をすごしたいと思います。
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by otomeya | 2010-09-09 10:59 | 天使のお仕事

追憶・・・

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書類整理をしていたら、
宵待草のポストカードがでてきた。

宵待草は、
東京の井の頭公園駅の前にある、カフェギャラリー。

私が初めて訪れたのは、いつだっただろう・・・・

もう約10年前くらいになるかしら。


大阪に住んでいる私は、
結局数えるくらいしか行くことができなかったけれど、
時々、宵待草に通っていたひとたちから、
そっと、思い出話を聞かせてもらえたりすると、
胸の奥が、きゅん・・・・となります。


ケッコンされる前に、好きなことのお仕事をされていた方のお話。
ドイツ文学を専攻されていた方が、学生時代に通っていたお話。
夜の宵待草の、壁に写る陰が美しいと、教えてくださったこと。

私の宵待草の思い出。

それは、思い出というよりも、
恋慕、憧れの対象だった。

はるばる行くたびに、
そこには、ほっとする空間なのに、
いつも、新鮮な息吹とときめきを感じる作品などが並んでいた。

デッサンサロンの告知に、恋慕と空想。

行く度に、ときめきをいただいて、
憧れの世界がここにあるのだと、思って、
そして、また、私は私の現実へと戻るのでした。


ああ、いとしの宵待草は、
いま、静かに闇に明かりを灯しているのかしら。

そんなことを、思いながら・・・・。

カフェ 宵待草では、9月13日まで素敵な展示を開催中☆
ぜひ、おでかけくださいませ。

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オフィシャルサイト→宵待草
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by otomeya | 2010-09-01 19:43 | 失われし場所