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強く生きる言葉

強く生きる言葉 という岡本太郎さんの本を、自分のお部屋で発見。

もうひとつのブログにも書いたけれど、
私が岡本太郎さんに興味をもったきっかけの本。

先日、また間違えそうになっていた~~

と思って、軌道修正、軌道修正と思っていて。

で、そして、数日前の、それはそれは素敵なこと。

ここ1年くらい、不安に思っていたこと、
意気込んでいて、力んでしんどくなっていたことがありました。

大事なことは、目に見えなくて、
目に見えないものを感じられる、信じられることが、
自分の唯一、とりえかもしれないと思っていたのに、
いつのまにか、目に見えるものしか信じられなくなっていた私。

そんなことない。
ちゃんと、私の愛は伝わっているんだと、
目に見える形として、プレゼントをいただいた。

とてもとても生きていて初めてかもしれないくらいに、
とても感激しました。

そして、なんだか、不安と心配のつき物が
あれ、なんだったの?というくらいにすっかり消えて、
今、とても目の前がクリア。

お店を持ち始めたときの気持ちに、戻ってこれた気がします。

お店を持ち始めたときの気持ち。

それは、強く生きる言葉に選りすぐられている言葉の数々に共鳴する思い。

「ぼくはどんなに苦しいときでも、
苦しいような顔をしないから、
自由気ままに生きているようにみられたね。

ぼくは今までどんなに苦しい状況の中にあっても、
にっこり笑って悲劇的でありたいと思っていたからね。

食えなけりゃ食えなくても、と覚悟すればいいんだ。

それだ第一歩なんだ。

そのほうが面白い」

そう。そうだった。

乙女屋がOPEN14時からなのは、
食えないどころか、家賃が払えないときに、
午前中、どこかで仕事をしようと思っていた。

そうすれば、なにがなんでも家賃くらいは稼げるだろう・・・

売れるものを追いかけたりするくらいなら、
どこかでお金を稼いで、
ほかのだれもがたとえ、振り向いてくれなくても、
私が愛する世界たちを、これが素敵なものなんだと、
伝えられ、作品や品々が、ほっとできる場所を現実にしたかった。
その思いだった。
その空間が現実になるなら、私自身のどんな贅沢よりも、
なによりも、それが私にとっての贅沢だと思った。

四谷シモンさんが「人形で食べていこうと思ったことはない」
と、何かの対談で言っていたように、
私にとっても、たべていく(=お金を稼ぐ)手段としての「乙女屋」ではなくて、
自分の中の、なにかどうしても大切なもの・・・・
それを保つための、空間としての乙女屋であったはずなのだ。

「社会内の個。

純粋であればあるほど人生というものは悲劇だ。

人間はすべて矛盾のなかに生きている。

だから矛盾に絶望してしまったら負け、落ち込むのだ。

それよりも、矛盾のなかで面白く生きようと、発想を転換することはできないだろうか」

強く生きる言葉 (98P)


「人間は誰でも”ほんもの”を求めているはずだ。

だが、たいていの人がいい加減のところで状況に妥協し、
仮のもので我慢してしまう。

なぜだろうか。

それは逆に”ほんもの”なんてものがあると思っているからだ。

それは考え違いなんだ」(95P)



「思想とはほとんどの場合、社会の情勢とは悲劇的に対立する。

しかし、その対決で世界は充実していく。

それが”思想
なんだよ。

ほんものの思想だったら、状況はどうであれ、
そんなにかんたんにコロコロ変わるものではないはずなんだ」  (77P)

「情熱的であるためには、
すべからく冷静に
聡明に自分の真の心をつかんでほしいな」 (135P)


そんな言葉たちを宝物に、
もう一度、自分の真の心に戻りたいと思います
by otomeya | 2010-06-25 01:27 | 日々の戯れ


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