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徒然

人のことは気にしない。気にしない、気にしない。

長くやっているあの人や、
大きく背負って、頑張っているあの人のことばかり
うらやましがったり、偉いなって思ったりして卑屈になるのは間違っている。


あたしはあたし自身の心の奥の小さな願いにだけ大事にすればいい。

うまくやるやつは、うまくやられるにきまってる。


自分自身の想いのままに、
少しずつ大事にすすんでいけば、
それはきっと、どこか遠く、きらきらしたところに行くのだろう。

あたしにはなんにもないけど、
なんにもなくてもいいんだよって言ってくれる人がいる。

だから、大丈夫、大丈夫、大丈夫。って言い聞かせる。

*

ブログは、感情に任せて書いているような部分もあるけれど、
第三者が見て、不快に思わないように。。。。とは気をつけている。

上の文章は、そんなこともまったく考えないで、
忘れてしまうくらい前、
とても悲しくて、自分がちっぽけで
とてもくだらないただのわがままな人間に思えて仕方なかったとき、
だけど、それを吐き出すことさえ、
自分が醜く思えた真夜中に、
たしか、自分自身を静めるために、
そっと書いた文章。

そのとき、こんな文章、
とてもブログに載せられないと思っていたけれど、
今、データの中から企画書を探していて、
久々に見てみたら、
なんだかその頃の自分が懐かしくて、
ここにも保存しておこうかな、と思った。

*

自分は自分だと分かっていても、
どうしても他者や周囲の環境と比べてしまうことがあります。

そんなこと、無意味、ナンセンス。
あなたはあなたよ。と、何度言われたかしら。

聞き飽きた。
わかっている。
自分自身が、一番よく知っているのだ。

ありきたりな励ましなんてほしくない。
それなら、だまっていてくれたほうがいい。
ううん、だから、誰にもいわない。
誰かに慰めてもらいたいなんておもわない。
だから、慰めたいとも思わなくていいはずだったんだ。

私は私のささやかな願いを、
すぐには叶わなくても、せめて信じて、
生きていけたらしあわせなのだ。

*


どうして人は、他者をわかったつもりのなるのだろう。

自分自身のことさえ、本当は、誰もなかなかわかることなんてできないのに。

なんて書いてみたりするけれど、
わたしだって、しょっちゅう、そのことで間違いを繰り返す。

でも、少しずつ間違いの質は違うと、信じたいけれど。

*

先日、小林秀雄さんの講演CDを聞いていて、

「にんげんなんて、本来むちゃくちゃで、混沌としたものだ。

だからにんげんであって、

自分はこうこうこうだ、なんて把握できているという人間なんて信用できない。

けれど、唯一あるとしたら、
なにかに感動しているとき、
その大きな感動にゆりうごかされる自分というものは、
その人本来のものであり、
そのときのみ、人は統制がとれている」


みたいな意味のことを言っていて、
ものすごくそのとおりだと思った。


私も私のことなんてまったくわからなくて、
常に悩んだり、落ち込んだり、
かと思えば、異常にテンションがあがってこわれている?
なんて揶揄されたりするけれど、
何かに感動しているときの自分だけは信じられる。

その感動している対象が、
乙女屋にある作家さんの作品であったり、
古物たちであったりするから、
乙女屋としての自分だけは、信じられる。

ちょっと格好つけすぎですよね、ごめんなさい。

でも、心からそう思っている。

だから、おとめやを何が何でも現実にしたかったのだと思う。

だけど、それは、決して
「自分が自信がもちたいからのおとめや」

ではなくて、

「自分が信じられてしまうくらい、
絶対的に自信を持って、これが素敵!!!と思えるものたちを、
誰かにこんなに素敵だと伝えたいから、
その環境を現実にしたい」

ということ。

*

できないことを羅列するのではなく、
そんなこといわれても、周囲は困ってしまうから、
ひとつずつでいいから、できることを増やしたいと思う。

そんなこのごろ。


でも、気持ちはとにかく元気で、
現在開催中の初夏の和骨董はとっても楽しいです!!!!

乙女屋を応援してくださる方、
お買いものしてくださる方、
信頼して、大切な作品を預けてくださる作家さんたち、
本当に本当にありがとうございます!
by otomeya | 2010-07-04 12:29 | 日々の戯れ


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