考え込んでいます・・・・

震災から一月以上がすぎ・・・・

規模の違いはわかっていたものの、
こんなにも長引くとは思わずに、気持ちが不安と、
考えても仕方がないのだから、できることを、丁寧にするしかないんだと思ってみながらも、
不安定に揺れ動きます。

震災をきっかけに、入ってくる原発の情報や、
政治のこと・・・・など、いままで関心を持たずにきた、様々な事柄ひとつひとつに、
怖かったり、今まで無関心できた自分を恥じてみたり・・・・

真正面から向き合わないといけないと思うのだけど、
どのように気持ちを思えば良いのか、
自分のスタンスはどのような、関わり方なのか、
いままで向き合ったことのない現実との狭間で、
ものすごく戸惑っているのが正直なところです・・・・・。


文章をまとめようと思ったけれど、
そのような状況で、まだ、続きがかけなくて・・・・


今、外は結構な大雨で、
雨の音、がしゃがしゃ聞こえてくるのと合わせて、
こんな日、私は、ピアノ曲を聞くのが好きです。

今日はグールドのバッハインベンションとシンフォニア。


「ロマンチックとか、センチメンタルとか、メランコリックという名の感情は、
一般的には不健康で非建設的であるということで、
専ら嘲笑だけを買っているのだけれど、
ぼくは、これらの涙を含んだ感情がたまらなく好きだ。

これらの感情にたおおうり浸ることは、
真夜中の水浴のように爽快なのだ」


「宇野亜喜良についての小事典」(さよならの城掲載)

のなかの一文。

私もこのような涙を含んだ感情がどうにも好きで、
本来の自分が、華奢で儚い物憂い少女ではないので、
余計に憧れにさらに拍車がかかり、
自分の憧れる少女は・・・・
世の中の現実をベールを一枚通してしか受け止められない森茉莉さんの「甘い蜜の部屋」のモイラのような
少女的高潔さと傲慢さを持った世界に、たまらなく憧れる。

十分に恵まれているのは分かっているのに、
かなしい、寂しいと、ヒトリで泣いて、
寂しいの?と心配してくれる人に、貴方に何がわかるの!一人で泣かせて!
ほおっておいて!と、寄ってくる人から、いつもいつも逃げ出したいのだ。


でも、現実はそんなわけにはいかないから、
古いぼろぼろのレースや、枯れないけれど、
一瞬で夢が覚めるかのようにただの布に戻ってしまうか弱さをもつ布のお花、
言葉を持たない、魂はあったとしても、生命を持たない人形たちに、
なにかを重ねて、世の中を生きようとしている・・・・


愛されても、心は暗いうつろさだけが感じられる私たちの世界・・・・

でも、いま、この現実を前にすると、
もっと悲しいという人がいるのに、
私なんかが泣くのはおこがましい・・・・
と、自分を責めてしまうのです。

冷静に思えば・・・・乙女屋が、何かをしたところで、
私はなにも政治的なこともわからないし、
何をどうしようもないのだから、私は本来のことだけを丁寧にやるべきだったのかもしれない。

悲しい・・・悲しいといつもどおりに泣いて、お人形と向き合っていたらよかったのかもしれない。
絵の少女と、語らっているのが、私らしかったのかもしれない。
でも、私はそこまで、自分に強度がなかったようだ。

現実から逃げられなかった。
あの状況を知っていて、今まで通りに、ヒトリでいることができなかった。
弱かったのです・・・・

でも、だから、中途半端な方法になってしまうけれど、
自分の毎日の中から、本のすこし・・・・自分がつらくならない方法で、
初めて社会と、関わろうとしているのかもしれない・・・なんて思います。


どこまで、自分の本来の資質と、本来、向いていない、専門ではないなにかとの両立を図るということが
まだ、自分でバランスがとれなくて、
あーこれかも・・・と思うたびに、また次の現実の課題(政府の対応とか、見通しとか・・・)に落ち込んで、
日々、うーーーむと、思い悩んでいるのです。


正解の答えがあるわけではないのは分かっているけれど、
なかなかに心のなにかが、難しいなぁと、思います。

思いっきり個人的な感情で文章を書きました。
不適切なことや、不快に思われました方がいらっしゃいましたら、申し訳ありません。
そのようなつもりはないのですが・・・・

変な人もいるもんだと、笑って流していただければありがたいのですが・・・・


あらゆる人が幸せになることを、自分なりに受け止めようとしているのが根本です。
どうぞ、文章のつたなさと人間性の未熟さゆえに、
このような文章にしかならずに、すみません・・・・
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by otomeya | 2011-04-23 12:00 | 美しい日本へ


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