日々つれづれにおもうこと

数年前 はじめてギャラリーさんからお仕事をいただいて、

ギャラリースペースを自由にしていいのよ!

といっていただき、イベントをさせていただいたことがあった。


心をこめて、たくさんの人々が喜んでもらえるようにと願って
たくさんたくさん準備をした。


当日・・・・ギャラリーに向かうために、家を出ることができない。


・・・・・怖くて仕方がないのだ。


こんなにたくさんの人が期待してくれた。

楽しみにしてくれた。

ちゃんと実現するだろうか?


お客さまはきてくれるだろうか・・・・


誰も頼れる人がいなくて、怖くて・・・・怖くて・・・・



私独自の祈りの儀式をして、怖くないから、怖くないから、大丈夫大丈夫って
独り言を何度も言った。

駅までの道も、大丈夫、大丈夫って、泣きながら歩いた。


イベントが成功だったのか・・・・

今になってはよくわからない。

結果を振り返っている暇は、ここ4年くらいずっとなくて、
明らかな失敗と自分のできなかったことを検証して、
とにかく、次に向かうしかない日々だ。



いま、「毬」のための文章を書いています。


締め切りまであと3日。


もう少しでなにかが見えてきそうな・・・


でも、書きたいことがどんどん浮かんできて、どんどん広がっている状態だ。


でも、締め切り厳守は社会人として最低限のルールだと思うから、なんとか、がんばる。


誰の為に仕事をしているのだろう・・・・?


自分がお金を得るため?

でも、お金を得るためには、誰かに必要としてもらえる、
すなわち、誰かのためにならなくてはいけないと思う。


でも・・・・誰かのためにとおもってした仕事は、ことごとく失敗をした。

その人の為に尽くすことが、私自身の幸せだ!そう思える仕事が成功といわれた。
(成功かどうかは、自分ではよくわからないけれど)


・・・・そして、いま、数年前の、あの怖くて家を出れなかったときの気持ちを想い、
あの人もいま、そんな気持ちではないかと心配をしながら、
敬愛するグールドのピアノ曲を聴いて、ジョブズ氏の言葉を読んで精神統一。


そうか・・・・私は、私自身の為でも、誰かのためにもしていた仕事ではない。


いやに感じる人もいるかもしれないけれど、

私が信じる美というものに捧げるつもりで、仕事をしているんだった・・・・


でも、これは、ここだけのナイショの話にしておいてください。
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by otomeya | 2011-10-07 09:38 | 日々の戯れ


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