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WABARA


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最初にWABARAをくださったお客様から、二度目のWABARAの差し入れをいただきました。

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それぞれ違う、ピンクのWABARAたち。
それぞれに、美しく、愛らしい。

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いただいたWABARAのうちの1本は、少し早く弱ってしまいました。
可哀想だったので、早めに抜いて、ドライに。

そのあと、私自身がWABARA cafeに出かけてもらってきた2本の薔薇を足しました。

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1本減りました。
一番奥があとで足した子。
手前の2輪は、お客様からいただいた子。

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啓司さんのWABARAは、茎も花弁も本当に繊細。
そのせいもあって、色も繊細で、その瞬間ごとの変化の美しさに、その都度魅了されます。


一般的な薔薇の需要は、ホテル会場や展示会等で飾られるような、
遠くから見ても見栄えがするものが多いそうです。
また、流通の間、展示している間、しっかりともちのいい丈夫さも求められるという。

それは、舞台衣装等で使われる丈夫で煌びやかな化繊のレースの役割と同じ、とふと思う。

大きな舞台で、照明を浴びて、遠くにいる人も魅了するためのドレスのレースは、
そのために相応しい役割がある。

薔薇だってそうなんだ。

一方で、啓司さんのWABARAは、
繊細な糸で編まれ、わかる人にしかわからないアンティークレースの魅力のよう。

そっと、指先をわずかに緊張させて、
大切に触れなければ、崩れてしまうような繊細な美しさを放つ。

大きな会場や、造花のように枯れないことを求められる場所には、相応しくない。



啓司さんが生涯かけて薔薇と向き合い、悩んできたなかで、
「それでも、自分は好きな薔薇しかつくらない」
(ご本人から伺いました、この話は、またいつか!)
と、心に決められて、大切に育ててこらたWABARAたち。


「売るための薔薇は作らない。
好きな薔薇しか作らない。
僕が好きだと思って作る薔薇を、
同じように好きだと思う人がやってきてくれて、薔薇を買ってくれたらうれしい」


啓司さんが、農園で聞かせてくれました。
その話を聞きながら、私は、農園の薔薇たちを見ていました。
啓司さんは、あのとき、どんな表情をしていたのだろう?

微笑んでいただろうか?

きっと、同じように、薔薇たちを見ていたような気がする。

だって、それは、私に語るというよりも、
薔薇たちへの、いつもの言葉のように感じたから。



「いつもいつも、どんなときも。
僕は、君のことが一番好きだよ。
だから、可愛く、美しく、咲くんだよ。
誰が何と言おうと、僕は君の味方だよ。
君が、世界で一番美しいよ」



そう、語り掛けられて育てられた薔薇。

そんな薔薇だから、世界で一番、誰かを幸せにする。

多くの人のための、誰の物でもない薔薇じゃない、
世界で一番、愛されて作られ、そして、愛してくれた人のものになる。

「わたしの薔薇」


猫も、人形も、薔薇も、”わたしのもの”が、特別に最高に、贅沢で愛しい。




*

















by otomeya | 2017-10-04 11:29 | 花の記憶


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