原点回帰

7月1日 今日は実は、1年前に和ばらに出会った日です。

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昨年の夏から春先まで、いろいろありました。

そして、やっと、原点に帰る準備を始めることができそうです。

乙女屋の原点は、 "Merchen Merancolic Romance" です。
それは、まだ学生時代だった2000年、HPを作ってくれた人が名付けてくれました。

この言葉のイメージは、私の中で金子国義さんのとあるエッセイが一番的確に表現してくれている。

「目下、私の好きなものを一言でいえば、甘ずっぱさのあるものだということになろうか。
なつかしいもの、やさしいもの、しかし、ただそれだけでなく、その中心に悲しみのようなもの、生きることの悲しみのようなものが混ざっている、そういうものが好きだ。
だから、空間をうずめるといっても、ただうずめるのではなく、なつかしく、やさしく、甘ずっぱいものをうずめていきたいのである」
(1977年 読売新聞社発行 「The 西洋骨董」に収録。販売用古本のご用意、あります)

そう、そうだった。

私は、とある少女の為に、こういう場所を作り上げたかった。

だけど、とにかく自信と経験がなかった私は、その信念以上に、世間に負けてしまっていた。

この場合の世間というのは、「利益の高いよく売れるお店、雑誌やメディアによくでるのがいいお店」というものであったり、
「このお店は何のお店なんですか?」という自分の知っている既定の枠やジャンルにあてはめて理解しようとする問いかけだったり、
「何に使うの、これ。こんな値段で売れないよ、高いね」という評価だったり、
「こんなところでやっているから、せっかくいいものを置いているのにだめなの、百貨店にでなくちゃ」というアドバイスだったりした。


疑いなくそのように言われて、私も、そうかもなんて思ってしまって、いろんなところにいって、いろんなことをした。




そして、約10年して、和ばらに出会い、夏に素晴らしい個展空間に辿り着く。

それからの日々は、突き付けられ続けた。

現実がいかなるもので、自分が今までどんなにか周囲に甘えてぬるぬるきているのに、戦ってきたなんて気持ちになっていたのかってことに。


「薔薇とアンティークと、絵画と…背後に小さくお人形が見えて…素敵空間。お店に行くべき!ですね。
イベントでないときに行きたいなぁ〜。いつか行けるといいな…。」

とmailをいただき、わかってくれる人がいることを嬉しく思う。

昨日も遠方からはるばると、熱い暑い中ご来店くださって、お店でアンティークたちの魅力をいいよねーなんて語り合った。

アンティークの年代とかいわれとか、私はあんまり興味がないから、そういう人には頼りなくいい加減なお店だろう。

だけど、「そんなんじゃないんだよねー、この感じがねー、たまらないんよねー」って、ただ、それだけなことがほとんど。


「ところで、あのぬいぐるみはもう売れましたか?」なんて、店に出していなくても、覚えててくれた人がいて、やっぱり忘れられないからいただきます、なんてことを言われた日には、とてもとても嬉しい。

乙女屋を手放れてからも、時折思い出す。
あのぬいぐるみ、元気かな、大事にしてもらっているかな、あの人元気かな?


あなたと私の現実の甘酸っぱさが、一瞬リンクし、そして、また現実が繋がって積み重なっていく。

そこに和ばらたちは、ずっと育ち、咲き、枯れて、香りを蓄積していくだろう。



これからの乙女屋、本領発揮、といきたいところです。










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by otomeya | 2018-07-01 10:51 | 日々の戯れ


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