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アンティークドールの魅力

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「青い目の少女や赤い靴を履いた少女が、
私たちを誘惑します。
道案内を勤めます・
どこへ・・・?
おとぎの国でしょうか?
異人さんの国でしょうか。
それとも時計のない、静かな白い世界でしょうか?
・・・・でもそれはひみつ。」
           (太陽 「人形遊び」より引用)



昨日、少しずつ片付けているお部屋の中から、素敵な文章を見つけました。

e0037611_17254982.jpg「アンティークドールの視線は、どこを見ているともつかない。
さながら異次元に座して、異次元のかなたに見入っているようでもある。
しかしながら、彼女らは存在するのだ。
そのことが日々己の輪郭を見失いがちなわたしたち現代人に強く訴えかける。
わたしたちは自分のかたしろとしての人形に支えられ、逆に存在ということを教えられ、生気を吹き込まれるようでさえある。
彼女らの顔は微妙な齟齬からなっている。
眉も眼も決して左右対称ではなく、
唇もまっすぐではないのだ。
だがそこにかえって恐るべき肉感性と現実が生じてくる。

現代のコピー品が同じ型、同じ材料から成りながら、
存在感の強さにおいてくらべるべくもないのは、
眼球の質の問題とともに眉や唇の描き方に商品化された愛らしさだけを目指している、
と考えられるからに他ならない。
少なくともオリジナルの人形は、愛されようという精神は持っていなかったと私は思う。
彼女らは愛する人形なのだ、
私たちに理解される、私たちのひながたなのではなく、
私たちの理解を拒む異物であり、別個の意識を持つ存在なのである。」  
 (井辻朱美氏 「アンティークドールを置くと部屋の隅に魔界ができる」より抜粋、引用)

「グレープフルーツ」という別冊雑誌に寄せられた、モノクロコラムの中の文章なのですが、
なんだかすごく、ぐっときました。

「愛される人形ではなく、人を愛することができる人形に」
というのは、天野可淡さんの写真集のあとがきにも書かれていました。

いろいろな愛し方、思い入れの持ち方があるのだけれど、
この方の考え方は、なんだか、すごく考えさせられました。
最近は、かなりリプロで素敵な作家さんものにめぐり合えます。
ピンとこないアンティークドールより、出会いがあるなら、リプロでもいいな。と思います。
それくらい、いいな~~と思います。
作家さんもののアンティークドールは、愛されようとしているのではないのかもしれない。
そういう思いでつくられている方のお人形が、私にはぴんときてるんじゃないかな~?
と思いました。(ご本人に聞いていないので、わかりませんが)
もちろん、技術があってしか、物事を作ったり表現したりできないけれど、
うまいだけでもダメで、作り手の思いや、考え方が、伝わるんだと思います。
ものすごくうまい人も、いるけど、そのお人形から伝わるものが、なんでソレなのかな?
っていうことも、あったりするし。

表面に見えることだけじゃなくて、ココロの奥で何を大切にしていて、何を伝えたいか。
何をしていても、最終的にはそれが大事なのかもしれない。
e0037611_1738096.jpg今回、使用した画像は、アンティークドールポストカード集から転載しました。
このポストカード集は、HPにて販売予定しています☆
古い本で、のりづけが弱ってしまい、カバーと本体が離れてしまっているものですが、
ポストカード自体に汚れなどはありません。
たくさんのお人形が紹介されているので、ドレスや表情などの参考にもなります。
by otomeya | 2006-06-19 17:38 | 日々の戯れ


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