カテゴリ:吉田キミコ( 15 )

無題

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「知る人ぞ知る」作家だと思う。

「吉田キミコ」

この人の作品に惚れ込んで、もうすぐ二十年になる。

私の寝室には、この人の絵を飾っている。
この絵だって、初めて見るわけではない。

なのに、数日前に乙女屋の壁に飾ったら、飽きることなく、今回も胸を射抜かれた。

なんだろう、なんと、説明したらよいのだろう。

力強いけれど、静か。

擬人化された動物は、とても自然で、ファンタジーな甘ったるさを感じない。

斜に構えた眼差しではあるけれど、現実逃避ではない。

現実に声を大に異議を唱えるのではなく、自分らしくあることを、現実と向かいながら貫いている。

キミコさんの絵は、やはり、特別。




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by otomeya | 2018-10-14 20:33 | 吉田キミコ

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秋だなぁ、と思って、吉田キミコさんの油絵を飾りました。

「夢の世界に引きこまれそうな絵ですね。
テーブルひとつのお茶サロンだったらいいのになあ!」、とは、お客様の発言。

でも、うん、まさに。

私も、そう思います。





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by otomeya | 2018-10-14 19:39 | 吉田キミコ

あれから1年

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あれから、一年が過ぎました。

キミコさんが大切にしている思い出の花のひとつ、ジャスミンのキャンドルを灯しながら、昨年の日記を読み返してみたり。

(昨年の日記→https://otomeyanet.exblog.jp/25792996/ )


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あれから一年・・・・。

この展示には、キミコさんが大切にしてきたものが、たくさん詰まっていました。
常に、何かと戦うように自分と向き合うキミコさんは、決してこの展示にも満足とは言わないかもしれない。
でも、長い間眠りについていた作品や物が、ひとつの空間に並んだことは奇跡でした。
それが実現したのは、キミコさんを思ってくださる多くの方の協力があったからでした。
それがなによりも、キミコさんの世界が作り上げてきた作品と表現活動があったからこそだと感じました。

とてもささやかな告知にも関わらず、本当に大勢の方がいらしてくれました。
キミコさんと長いお付き合いのみなさま、そして初めていらしてくださったかた。

展示に行かれた方の中には、なかなか踏み出せなかった一歩を決断した子、
ずっと執着していたものを手放した人、もいました。

あの空間、空気感は、本当に特別だったから、そういう気持ちになったことも、わかる気がしました。


あの空間で、私が感じたことは、それでもやっぱり、いまだの言葉にならない。

だけど、ちゃんと覚えている、感覚として。

展示は、一年も前に終わってしまったけれど、あの感覚をなんとか形に閉じ込めたい気持ちは、冷めることなくふつふつとしています。


さて、私も、そろそろ、動き出さなくちゃね。







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by otomeya | 2018-05-23 18:52 | 吉田キミコ

Porte Bonheur

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Porte Boneur!!!

吉田キミコさんの新作がやってきました。
GWの営業に合わせて、展示準備をしています。

いろんな想いが蓄積していて、うまく言葉にならなくなったのは、いつからだろう。

私の幸せは、この空間にいて、ここを必要としてくれる方がいること。

たくさんの方がいてくれたおかげです。

あなたに、Porte Bonheur!!!


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by otomeya | 2018-05-01 23:25 | 吉田キミコ

2018年の新作に思う

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吉田キミコさんが新作を出品されている現代童画会の展示に行きました。
現代童画会は、絵画の純粋さ、素朴さ、詩情などを改めて追求しようという美術団体です。童心を大切に扱うがゆえに様々な画風の作品が並びます。

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キミコさんの最新作が展示されています。
イースターをテーマに描かれた新作です。
数種の鉛筆とさりげない他の画材での彩色で表現されています。
線の細さや書き込みに変化を感じました。
また、女の子の顔の雰囲気に大きな変化を感じます。
目と目で語り合うようなうさぎとの様子、反対から何かを囁いているように見える鳥。
この変化のすべてに、キミ子さんが次の舞台に立ったことを確信する。

キミコさんの作品には、いつも偽りがない。
作品を見れば、伝わってくる。
彼女の痛みと、不安、だけど、それに打ち勝つだけのものがいつもその奥にあることが。
私は、キミコさんの絵のそこが好きだった。
それは、踏み出す勇気がないくせに、諦めることもできない自分自身と重なっていたのだと思う。
誰かに悲しみを共有したいのではない。慰めて欲しいわけでもない。
守ってほしいわけでもない。
満足もしていない、だけど、踏みだすことも当時の私は出来なかった。
あの頃、常に劣等感と疎外感を、私は抱えて生きていた。

キミコさんの絵の少女に、踏み出せなかった頃の私は自分を勝手に重ねていたように思う。
どんな作家か、知らなかった。
でも、そんなこと以上に、絵に惹きつけられた。
こんなにも衝撃的な作品を、ほかに見たことがなかった。
その衝撃と自分の直感を信じたかった。
その後、私がその絵を手に入れるまで、10年ほどの月日がかかった。
その絵を手に入れることが出来てから、私は少しずつ、変わった。

私が変わったように、キミコさんの絵もどんどん変わった。
変わらない部分もあるけれど、偽りのない絵は、変わって当然だ。


今回の作品に話を戻します。
女の子は今回で、何かを受け入れられたように感じた。
「満たされたんだ」、という感じを受けた。
それは、満足したとは少し違う。
どこかを、なにかと、折り合いをつけ、納得した上で、ちゃんと向き合っている、
だからこそ、着実に現実を踏み出した気配があった。

それは、かつての踏み出せない私には、とても難しいことだった。
現実と向き合うには、自分自身のある部分が静かに満たされている必要がある。
当時の私は、何かがまったく欠乏していた。
何が欠乏しているのか、当時はまるでわからなかった。
満たされても、さまざまな荒波が来るのは変わりがない。
でも、荒波を超えていくのに、自分から目を逸らしたままだったり、他人ばかりに気を取られていたら、自分らしくなんてありえない。
今のあの子は、きっと強くなったと思う。
今まで、遠慮していたものを手放し、自分らしく進んでいく予感がする。
次の夢の話を、うさぎと目配せで、考えていると思う。
それが、まだ明確に言葉にならなくても、進んでいることに、間違いはない。

その夢は、楽なものとは限らない。
楽をしたい人とは、話ができない。
自分らしく生きること、好きなことを貫くことは、苦しみがあるから、喜びがある。
簡単じゃないから、自分だけのものだ。
簡単に手に入るものは、誰でも手に入れられる。
私たちが欲しいのは、誰でもたやすく手に入るものじゃない。

これからのキミコさんの絵は、どう変わるだろう?
キミコさんの絵を見続けること、感じ続けることで、私は、変わることができた。
これからも、ともに変わり続けると思う。
キミコさんは、過去を浄化させ、さらなる夢を見せてくれるだろう。

その始まりを感じる素晴らしい作品でした。

ぜひ、お運びくださいませ。

▪️吉田キミコ 作品展示情報▪️
現代童画会 春季展
2018.04.02mon. - 04.08.sun.
am11:00 - pm6:30(初日 pm1:00~/最終日 pm4:00まで)
場所:銀座アートホール
( 104-0061東京都中央区 銀座8丁目110番地
高速道路ビル(銀座コリドー街)tel:03-3571-5170





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by otomeya | 2018-04-02 22:28 | 吉田キミコ

2018/01/08

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2018年の店舗営業が始まりました。

吉田キミコさんの絵がある空間、最高です。

今日は、冷たい静かな雨の祝日。
誰も来ないので、絵を前に椅子を置き、絵を眺めて思うことを、文章にしようと思う。

が、うまくいかない。

率直な最初の言葉は、

「なぜ、こんな空気を描けるんだろう。」

これだった。

この、なんというか・・・・なんだろう、もう、たまらなく、私は、ただただ好き、この絵が放つ空気が。

正直に言います。
私は、この絵を見て、素通りできる人の気持ちがまったくわからない。
何も感じない人のことも、なにもわからない。
私のほうが少数派なのだと、思うようになった。
それは、いろいろな経験をし、いろいろな人と出会い、経験を共にしたから。
色んな人がいて、それぞれの価値観で生きている。それでいい、それがいい、そう思う。


だけど、それでも、絵を前にして、私がこの絵を、言葉にできないくらい好きだと思うのは変わらない。

いろいろな経験をしたいま、むしろ、以前よりもますます愛しい。
この絵があるこの空気があるから、この場所を離れているときも、安心して社会と関わり生きていけるのだと思う。


と、いうのが、私の率直な想いです。

それでいいやん、という話なのですが。

が!
この絵を販売しようとする人間の言葉として、それだけでは何も伝わらない。



なんとか、この絵について言葉で説明してみたいと思う。
しかし、どうにか言葉にしても、嘘っぽく、何か違うねん、そうじゃないねんなーって自分の文章に違和感を持つ。

だんだん、これ、もう無理や、なんて思い始める。


なぜか。

それは、そもそも、この絵が放つエネルギーの次元が、今の世間に溢れるものとなにもかもが違うように思うんだ、と感じたから。


たとえば、うさぎを抱いた少年、という言葉から、人が思い浮かべるイメージは、それまでに自分が見てきた物を思い浮かべるだろう。

印刷物かも知れない、ネットの画像かもしれない、手のひらサイズの小さな絵かも知れない。

それを頼りに、言葉から、この絵のことを想像するだろう。
だけど、世間に溢れるうさぎの絵と、この絵はなにもかも違う。
ありがちな、”毒がある”とか、”孤高な”とか、”ノスタルジックな”とか”アンティークっぽい”とか、”油絵”とか・・・・
言葉にしたときに、私自身が思い浮かべるものとさえ、すでに違う。

実物を前にして感じる、大きさと質感、その絵が放つエネルギーは、なにもかも違う。


だけど、違うからこそ、乙女屋にある意味がある。
この絵を、手元に置きたいくらいに惚れ込んでくれる人は、誰だろう?

きっときっと、いるはずなのだ。

もし、現れないのなら、数年後には私のものにしようと思う。

きっと、年月が過ぎれば過ぎるほど、この絵への愛しさは増すだろう。


今すぐ、金銭に変わらないことで、落ち込むことはしない。

だって、金銭に変わるという理由で、この絵を愛しているわけではないから。


とはいえ、この絵を、手元に置きたいと思ってくれる人には、会いたいと思う。

だって、その人は、きっときっと素敵な人に違いないから。

















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by otomeya | 2018-01-08 13:58 | 吉田キミコ

1月

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寒空の下、雑踏の街を歩いていたとする。
偶然通りかかった店先の、
温かな灯りの窓の向こうに、こんな世界が広がっていたらどうだろう?

どこか、孤独感がある少年の油絵は吉田キミコさんの作品です。
この絵を見たとき、寒い季節、通りから窓越しにこの絵を見たい、と思いました。

そして、この絵が乙女屋に来ました。
思っていた場所に飾り、通りに出て、窓越しに見つめました。

思い描いた通りの光景があって、悲しいくらいに愛しくなりました。



私は、絵が大好きで大好きで、あちこち見て回るのが好きなのではない。

ただ、なにかこう、掻き毟られるように惹かれるこういう瞬間に出会いたい、ただそれだけ。
そういう瞬間であるならば、対象が絵であろうと、古物であろうと、文章でも音楽でもいい。
自分の奥底と見えない何かがアクセスするような言葉にしがたい恍惚、そのために生きている。



私以外の人で、この絵に心が惹かれる人はどんな人だろう。


その人に会うために、私は乙女屋で待っています。








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by otomeya | 2018-01-06 23:55 | 吉田キミコ

お花

先日の記事(http://otomeyanet.exblog.jp/25875141/)は、大きな意味でも小さな意味でも、いつも思い出す。

たとえば。

私はガラスが好きで、古い物も新しい物も気に入った形があるとついつい買ってしまう。
使い道は考えなくて、惹かれたら、それはもうオブジェを求めるような気持ちで手元に置きたくなる。
割れた硝子の瓶なんかも、気に入るとそこそこいいお値段でも買ってしまい、戸棚に飾り、時々、覗いてにんまりする。

使えるものは、お花を飾る。

ある日、画家の吉田キミコさんのアトリエに伺う際に、ささやかな差し入れにブーケを買った。
100%気に入るブーケが無くて、でも、時間的にもうそこしかなくて、ちょっと妥協するしかなく、
とても心苦しかったのだけれど、それでも、気持ちをお花に託したかった。

キミコさん、気に入らないかもしれないけど・・・・不安に思いながら、手渡した。

キミコさんは、いやな顔をせず受け取ってくださった。
数分後、さりげなく、アトリエにあるそのあたりのものを選んでささっと、束ねなおした時、
私が妥協してプレゼントしたブーケは、考えられないくらいに素敵になって驚いた!

!!!!
あれが、こんなのに!!!!

ちょっとした並び替え、入れる器によって、こんなにも変わるなんて!!!!

非常にびっくりしました。


そのときまで、お花を選ぶことだけに夢中になっていたけれど、器も大事だったのだ!

それ以来、お花が活けてあると、花器にも目を向ける。
少しばかり、なにかがわかってきたような気がしたので、
今日は、好きなデザインの花器ではなくて、
花を魅力的に見せるための花器を求めに行った。

そう思ってみると。。。。。
ぜんぜん見えるものが違う!!!!!

花器のデザインだけでみると、こっちが絶対好きなのだけど、
先日いただいた花の高さやボリューム、散らせたいバランスは・・・・
と考えて買うのは、初めて!

こういうお買い物の仕方は初めてなので、本当に真剣勝負です。

お買い物は一瞬で恋に落ちたものだけを買ってきた私のこの心境の変化。


花器ごときに、そんなに真剣にならなくてもーというくらい、考えました。

今度は、その花器に合わせて、いろいろお花を選んでみよう。


いろんな記憶が重なって、未来につながるこの幸せな日々。

これからも、続くといーな。








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by otomeya | 2017-06-28 23:30 | 吉田キミコ

終了しました。

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吉田キミコ 「記憶へのオマージュ」終了いたしました。

26日~28日はスタッフとして会場にいました。
長くお世話になっている方、初めて見にきてくださるかた、
本当にたくさんの方がいらしてくださいました。

会場では、吉田キミコデザインの「キミコ衣裳」を着ました。

吉田キミコの空間で纏うキミコ衣裳は、これまで日常で着ていたのとまるで違う感覚がありました。
あの空間で毎日を過ごすことができたなら、きっといろんなことが変わるのだろうな。

でも、わずか数日の間でも、私の中でも変化があったように思います。


奇跡と愛の連続で、スペシャルなことが、たくさんありました。


あの空間と時間はもう戻らないけれど、
また別の形で、お目にかかれる日がきっとありますように。


世界は美しく愛しくて、かなしい。







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by otomeya | 2017-05-30 00:06 | 吉田キミコ

「記憶へのオマージュ」始まりました。


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行ってきました、吉田キミコ「記憶へのオマージュ」

入った瞬間に、深く、息をのみました。
長く水の中に潜っていて、やっと空気が与えられたかのように貪欲に。

長い長い間、この世界を見せてもらえなかった、
やっと、やっと・・・・という想いだったと、
今、一晩明けて、言葉をあえて探すなら、そのような感覚かな、と思います。

それでも適切な想いとは言えない。
まずは、本当に、言葉がでませんでした。


「やっとここに帰ってこれたと思った」といった人、
「あの頃の自分に向き合おうと思った」
「ここで命が果てても惜しくない、と久々に思える作品と世界観だ」と言ってくれた人。

私がその場にいたときだけでも、数々の人が、大切に作品に向き合い、そこを通して自分を再確認するような空間でした。


これが、本当の意味での「作家」の仕事なんだと思った。


私は、もう、ただただ、泣いていました。

ここまで泣き崩れると思いませんでした。



あと4日間しか、あの場所は存在しません。
でも、訪れた人の心の中には、ずっと未来永劫存在し続け、蓄積されていくのでしょう。


まさに「記憶へのオマージュ」

そして、あんなにも普遍的なノスタルジア。


最高の展示です。

あと4日間、あります。
なにかが気になるのなら、お出かけなさってください。
http://petitekiki.blog.fc2.com/blog-entry-94.html




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作家 虚構メルヘンさんが展示を観た感想を綴ってくれました。ありがとう!
https://ameblo.jp/k-kero79/entry-12277513884.html






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by otomeya | 2017-05-25 12:34 | 吉田キミコ