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カテゴリ:日々の戯れ( 545 )

最近考えていること

いいな、と思う物を見かけても、もうすでに自分の部屋には、集めてきたお気に入りがたくさん溢れている。

今は実は、少しマイブームは去っているけれど、思いいれはあるし、またいつかときめきが戻るような気もして、手放すには踏み切れない。

だけど、今の気持ちのとおりに、すっきりしていたい心地もする。

それにね、年齢を考えると、増やすより、いつか手放さなきゃいけないな、という問題の方が気になっちゃうしね。


6年前くらいから、そんな話題がよく出るようになり、いよいよ、自分も感じるようになった。


心惹かれるものに手を伸ばし、それが自分の毎日にあり、好きなときに、好きなようにできるって、すごく贅沢なこと。

私自身は、それを生きる栄養にしていた。
乙女屋を始めるまで、そのために向いてないな、違和感があるなと思うことも、生きていくにはお金が必要なんやから、と、仕事したり、生き方に我慢をしていた。
代償に好きなものを手に入れ、それが人生なんだと思い込んでいた。

経済優先の今の社会のあり方では、たくさん買ってもらって、たくさん働いてもらって、またたくさん消費してもらうサイクルを国民に強いることが第一になっている。それゆえの教育だったりもするというから、私個人の問題ではないと思う。

自分自身も、もう必死でものを必要としている時期は過ぎたのに、売れ筋のものを探したり、作家に売れ筋を作ることを依頼したり、いかに他店との差別化を図るかを意識したりすることに、非常に違和感がある。

物がない小売店という破綻した状況なのに、この年明けにも、営業日に誰かしらが来てくれました。

すごくすごくありがたくて。
なんか、いままで通りの法則にあてはめようとするんじゃなくて、人が幸せになるための仕事をしたいなと、心から思います。

人が幸せになるために、物を紹介し、必要としてくださる方に届ける、ということは、精度を上げたいと思う。

でも、なんかさ、物が欲しいわけじゃないけど、心が何かを欲することがあるでしょう?
私は、あるのね。

とりあえず、喫茶店行ってみたり、お散歩行ってみたりしたけど、それだけじゃ、私は満たされなかった。

物があるけど、物を買いたくなるってなんだろうな。

きっと、なにかが、欠乏しているからだ。

なにが、欠乏してる?

なんだろう?

そんなことを、考えている。



最近の幸せは、カシミアのキャミソールに身を滑らせたとき、起毛コットンのブランケットの極上の肌触り、そこに滑り込む私の猫のふわふわごろごろ、朝起きた朝日、近所のおばあちゃんが営む八百屋さんで買う、安くて美味しい苺とお野菜!スーパーで買う半額以下で、味はまるで濃度と質が違う。おばあちゃんとも行くたびに少しずつ仲良し。


乙女屋も、世界にひとつの極上の作品を紹介すると同時に、そんなささやかだけど、代替のきかない幸せのあり方をお客様と育てたい。

切実に、思う。

私にはどちらも同等に必要。






by otomeya | 2019-01-22 13:38 | 日々の戯れ

2019/1/11

本日は、ご来店のお客様1名。

来店数より、来てくださった方の想いの濃度を敬いたい。

店回りの清掃や、細々したお片付けも進みました。

とあるプロジェクトの企画提案も、通りそう。
(通っても私の名前はでないボランティア仕事ですが')

想定範囲の一日かな、企画提案が喜んでもらえて、嬉しい。

(しかし、自分の仕事もがんばらなきゃね)


今日のBGMはゴンゾのソロピアノ。

気取らず、威張らず、いきたい。

柔らかくしなやかに余裕でいきたい。


ツイッターでいうてることと真逆で自分でもわけがわからない、でも、辻褄合わないこともあるでしょ?
人間やもん。

こんな日は自分に優しくしたいから、シルクのキャミソールとベビードールで眠る。
口紅とシルクは女の肥やしですね。


by otomeya | 2019-01-11 23:42 | 日々の戯れ

2019/1/10

2019年 最初の営業日。
過去に固執しないと決めたものの、次の展開への準備不足にはっとする。

小売店なのに、物がないって、基礎基本ができてないってこと。

てゆか、物がないのに、商売したいってどうなの?

てか、商売する気あるの??、わたし、と自問自答。


売れるな、と思うもの、ある程度わかります。
だけど、それに手を出すと、目先のお金は稼げるけど、同じように売れるな、と目をつけた他店との奪い合いに巻きこまれてしまう。

そういう競争が嫌で店をしたのに、狭い世界でせせこましいいがみ合いなんてごめんだ、だから、売れるな、と思っても、顔に出さずに通り過ぎる。

売れるな、じゃなくて、かけがえがないものだけを、紹介したい。

そういう基準でいくと、競争は少ないけれど、とにかく、なかなか、難しい。
自分が商売抜きでリスクとコストをかけて信頼積んできたお客様にすすめられるくらい、好き、つまり、命懸けで惚れ抜く作品を探す。そんなもの、そんなに簡単にあるわけない。そういう作家さん自身も生み出すのも一苦労で、売れたから似たのをいくつかつくってよ、じゃないから、本当になるんだし、とか思うのだけど。

だけど!

といってたら、年始の営業に物がない。
今日はとりあえず約束があるから開けるけど、うーーーん、この先どうするの??

と考えながら、15:00を乙女屋で迎えたら、お客様がいらしてくださって、ずっといつも、見てくださっている、とおっしゃる。


ツイッターの優しいつぶやきに癒されてます、とのこと。"優しいです"と、言ってくださった。

嬉しいなぁ。

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大事にします、すごく大事にします、この子と頑張ります、と連れて帰られた。

若い子なのに、。。。と思うけれど、迷いなく選んでくれたから、きっと、大丈夫。


優しくて、
なぜか懐かしくて、愛しい世界。
あまりにささやかで、頼りないけれど、こんな現実が奇跡みたいに幸せだから。

良い年になりそうだな、頑張ろう。

そのほかにも大好きな方々が来店で、次の展示も気にかけていただき、ありがとうございました!

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by otomeya | 2019-01-10 18:35 | 日々の戯れ

さてと。

さてと、1月は常設展での営業。

いつもなら、新入荷のぬいぐるみを並べ、花飾りを並べ、それに合わせてアンティークレースとアンティーク雑貨を並べ、さあ、どの絵を飾りましょうか?となる。

しかし、昨年夏でアンティークレース、雑貨、手芸材料の取り扱いをやめたので、いつものようにいかない。


うーーーーーん、どうしたものかしらね、どうしましょうかしらね。


それにしても、今日は寒いです。
みなさま、ご自愛くださいね。




by otomeya | 2019-01-10 14:36 | 日々の戯れ

2019年

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2019年は、どんな年になりそうですか?

乙女屋は、今を見つめ直す一年になると思います。
今まで自分の強みだと思っていたものを手放し、新しい気持ちで向き合っていこうと思います。

自分自身が感じたことでもありますが、社会情勢を見ていても、今まで通りの当たり前が、本当に通用しなくなる場面が多くなりました。

こんな混沌と陰鬱な閉塞感がある時代に、乙女屋が紹介するものは、物理的な面だけ見ると、無くても生きていけるものばかりです。

多様でさまざまな価値観があり、あらゆる変化と情報の嵐の中ともいえる、今だからこそ、"自分を守る術"は、生き抜くためには、衣食住に続いて、必要なものだと思います。

そうでなかったら、資本主義のあらゆる罠により消費者として消費されてしまうよ?
個人ではなく、"人材"にくくられ、命を金銭と引きかえに奪われ続けていいの?
誰かに刷り込まれた幸せに自分をすり減らしてしまうよ?

今この現状がこのまま続くとは思わないけれど、来たるときに、自分らしい選択で生き抜くための覚悟をしっかりしていたいと思う。

そのために、必要なのは自分自身の純度を保つことは、とても大切なこと。
自分が理屈抜きに好きだと魂から感じられる瞬間により純度はそのつど、上がるだろう。
そういう瞬間を、乙女屋は模索したいと思う。

惰弱な自己表現に甘えて、悲劇に酔いしれるお年頃は過ぎました。

第2期乙女屋の始まりの準備の年になると思います。

よろしくお願いします。






by otomeya | 2019-01-08 22:02 | 日々の戯れ

2018年の終わり

2018年が終わろうとしています。

色々なことがあった1年でした。

夏の終わりに、大きな決断をしました。
https://otomeyanet.exblog.jp/27523524/

今後のことを考えていて、これまでと違うに意識が向かうのを感じる。

同じ日なんて、一日だってない。



いろいろと、みなさま、ありがとうございました。

良いお年をお過ごしくださいませ。

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by otomeya | 2018-12-31 16:23 | 日々の戯れ

いつか

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山吉由利子先生の作品集を見返していた。

いつか差し出されるはずの手を求めて」

いまの乙女屋の空間で読んで、号泣しそうになった。

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当店では販売していないので、探してみてくださいね。



by otomeya | 2018-12-16 21:58 | 日々の戯れ

雑感

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人形を作る理由、
人形を求める理由。

それは、本当に様々。

それでいいし、それが人形の良いところだと思う。


作品展を観に行く。
その行為自体が、すでに珍しいことだ、と、先日気付かされた。


さらに、いま、乙女屋に来店くださるかたは、みなさま、本当に尊い。

いつも、お世話になっているかた、
"なんのお店ですか?"と、問いながら、来店される偶然の出会いのかたも、個性的で、どこか徳が高いかたばかり。

物が、ちゃんと、相応しい人を呼び寄せるんだなぁ、と、不思議な引力に感動する。





by otomeya | 2018-12-14 21:41 | 日々の戯れ

人形

"人形"は、玩具である。
それが一般的なんだと、やっと理解できた。

私が"人形"を意識したのは10代の終わり頃。
古本屋で高値でなかなか手が届かなかったハンスベルメール、寺山修司の詩集、初めての巴里の街角の人形屋、日本のアンティーク店で恐る恐る見つめていたアンティークドール、トレヴィルの創作人形、昔人形、青山。

どれも、"この世のもの"ではないような存在だった。

人形に惹かれるのだというと、嫌な顔をされた。
好きだという気持ちを、認めることは、私の現実に背くくとなのだと、一時は諦めた。

悲しい過去。
なのに、諦めきれず、私は夢を見続けている。

私の夢?

それは、全ての人がその人らしく幸せでいることです。

一般的、常識的とされている方から、私の生き方は極道だそうです。

極道、道を極める、って、凄いやん?とか、変なとこでポジティブな今は思う。
わたし、極めるにはまだまだまだ至りませんが、こんな歳まで、これできましたから、仕方ないです、


でも、今思うのは、自分のこだわり認めるために、他者のこだわりにもリスペクトをしたいと思う。

人形は玩具、それが一般的だとやっとわかりました!
だけど、それはそれとしてですね、そうじゃない人形の存在と価値を信じる店が、世界に一軒くらいあっても許してほしい!



by otomeya | 2018-12-09 18:40 | 日々の戯れ

変化し続ける

乙女屋は雑貨屋としてスタートしました。

それは、当時の私にとって、”雑貨屋”が、いちばん魅力的だったから。

galleryには、敷居が高くて居心地が悪く、作品の何を観ていいかもよくわからなかった。
骨董屋も敷居が高く、入るのもはばかられた。
私にとっての”人形屋”は、おもちゃやさんではなくて西洋アンティーク店だった。
憧れの店は、人形を買わなさそうな私は声さえかけてもらえなかった。
ちらりと目くばせがあればいいほう。
それでもどうしてもその場所の空気に焦がれて、恐る恐る通った。
その世界の空気を少しでも持ち帰りたくて、肩身が狭い思いをしながらアンティークレースの端切れを買う。
店主は、そっけなかったらいいほうで、くだらないものだけ買うのね、のような、嫌味を言われることもしばしばあった。
あんたみたいな客は、客じゃない、と言われることもあった。

それらには、とても惹かれていた一方、それらのお店は私にはまだ早かった。

一方で当時の”雑貨店”は、私にちょうどいい憧れであり、夢の存在だった。
それぞれのお店には、その店主だから作ることができる特別なものが感じられた。
すでにある価値を崩すようなこともあって刺激的だった。
高級なものも、丁度いい感じの量産品(大体の場合は舶来品)、ハンドメイドの1点ものが、同じように並んでいた。
骨董展ではこれとこれを並べるなんて、と馬鹿にされそうなものも、理屈抜きでいいものを自分らしく選べばいい、ということを提案してくれているように感じた。
クリエイティブで魅力的な仕事として映った。

足しげく通った特定の雑貨店があったわけではない。
でも、それぞれのお店から、新しい視点をもらい、自分の夢を温めることができていたんだと思う。

自分の居場所を求めてもいた。
どこにいても、誰にもなじめなかった。
ちょっと離れた距離感で、ちょっとほっとできる場所、それが色のある雑貨店だった。
ちょっとしたものを、買ったり、買わなかったりしながら、そっと出入りしていた。
欲しい物について想いをめぐらせたり、いつか自分がお店をするなら・・・・という想いに重ねたりした。
店主と交流することはめったになかった。
店の空気を感じて、自分が感じることがとても大事で、他者の意見をあまり必要としない子だった。
(今はそれを変えたいと思っているけれど)

それらのお店は、どんどん閉店していった。
ネットショップのみにして、家賃の経費を減らすためだったり、店主の高齢化だったり。
自分も始めてからわかるけれど、お店があるからといって、必ずしもそれが利益があるわけではないこともわかった。


時代の変化があり、環境の変化があり、自分の経験も増えて、当時とすっかり変わり果てた自分が、今ここにいる。
だけど、変わらないものは、しっかりと同時にある。
変わらないものの一つは、”小売店”というものが、店主としての立場としても、他店でお客をする立場としてもとても好きだということ。

何をどこで買うかということは、自分の毎日に、かなり密接なものがあると私は思う。
使っていくうちに飽きてしまうものもあれば、ちっとも読み進まないのに、あそこで買った本が手元にあるだけで、なにより贅沢に思ったりする。
手に入れたときの思い出、その時の気持ち、その後の変化、それがとても私には面白い。

今年は、思い入れのあった個人店が2つ閉店を決めた。
どちらも前向きなものだから、いままでの感謝を込めてそれぞれのお店でお買い物をさせていただいた。
品物も義理で選んだわけではなく、とても気に入ったものを選べたし、(ここはとても重要)、そのことがとても嬉しかったし、それ以上に形が無く大事なものも、私の中に蓄積された。


大きな変化があった2018年、これから乙女屋がどんな小売店としての立場を選ぼうか、日々考えている。

今まで自信が持てなかったけれど、他の誰にもできなかった展示をしてきたことを大事にしたいと考えるようになった。

その展示の代表的なものは、2011年から始まった12月の展示です。

その展示について、自分自身が今一度見直すために、記事を抜粋してみた。

12月の展示→https://otomeyanet.exblog.jp/27704273/


乙女屋をずっと見てきてくれた楽しみにしてくれている方、
乙女屋のことを最近知って、何のお店かな?と興味を持ってくださる方、
参考に読んでもらえたら嬉しいです。


そして、もうすぐ、今年の12月の展示が始まります。
これも必ず、特別な展示になります。
ぜひ、いらしてください。




by otomeya | 2018-12-09 12:54 | 日々の戯れ