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マダムチェリー

マダムチェリーの連載とInstgramがあることを、今更知りました。


マダムチェリー「人生が楽しくなるおしゃれ」
 https://mi-mollet.com/articles/-/17450

Instgram https://www.instagram.com/madame.cherry1210/

歳を重ねた女性が、自由できらきらしてくれていると、感動します。
元気をもらいます。

マダムチェリーのお店を訪れたことがある方ならわかるはずですが、
マダムチェリーの魅力は、セレブな暮らしの輝かしさにあるんじゃない。

明るくチャーミング。
おおらかで優しい、ひけらかさない強さを感じる余裕を感じる。
そして、さっぱりした色気がある。


最高にいい女!

最高にいい女にwebからアクセスできるなんて、いい時代です。






by otomeya | 2019-07-19 11:56 | 美しい女

2019/07/19

「なんだか元気がないなぁと思って・・・」、と電話をくださった方がいた。

確かにその通りで、どこにも書かなかったその想いを、1通のメールから受け取ってくれた時点で、もうすごくうれしかった。

(私)「そうなんです、もう、なんだかとってもしんどくて・・・。」

(お相手)「そうよね、なんか、どこかしんどそうに見える人、多い気がする」

(私)「お相手さんは、大丈夫ですか?」

(お相手)「私?私は、ドロップアウトした感覚があるから、もう、余生だから。」

「ドロップアウトしたという感覚」、という言葉が出てきたとき、
私にはちょっと意外だったので、「え、それっていつ頃の頃なんですか?!」と、質問を挟んでしまった。
だけど、その人は、そのことは受け流して、話を続けた。

(お相手)「80歳まで、自分が好きな絵を描くって決めたの。
それでだめだったら、すべての筆を折ることにしたの。
だからそれまでは、描き続けるの。

今はね、自分の好きな絵で部屋を埋めようと思って、絵を描いているの。
一枚増えるごとに、とても嬉しいのよ。
これがいっぱいになったら、どんなに楽しいだろうって思うの。
誰かに見せるため、売るためのものじゃないから、お金にならないどころか、出費ばかりだけれど。
でも、それでもいいの。」

その淡々とした中にある、その人の強さに、心がきゅうって軋んだ。
お金になるってことが、すべての行動の価値じゃない、ということ、
もしかしたら、私はここにまだ振り回されているのかも。
話していて、ふと自分に疑問がわいた。

でも、だって、・・・・。


(お相手)「でもね、そうは思っていてもね、SNSから情報が入ると焦ってきちゃうしね。
情報や気持ち、そんなに早く、一瞬で届かなくていいのに、って思ったりもするの。
昔のお手紙みたいに、やっと数日たって届く、そういうほうが、楽しかったなぁって思うよねぇ」

そうだよねぇ。。。。とお話は続いて、次に会う約束をして、電話は終わった。

電話を切って、数日経っても、あの会話の奥深さがよりしみこんでいく。
あの人は、本当の人だな、と思う。
嘘が無く、弱音を吐かず、強がりもしない。


素敵な人、どこまでも。

そんな人が、私はやっぱり好き。








by otomeya | 2019-07-19 11:08 | 2019

羽のように軽かったなら・・・・。

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(2018年12月山吉由利子個展@乙女屋)


ひとつ前の記事(https://otomeyanet.exblog.jp/28434725/)で、ぬいぐるみは重さが大事というお話をしました。

そのお話を聞いた後、一人になって私が思い出したのは、山吉先生のこのお人形のことでした。

人形においても、生命力を感じる重さ、というものはあるのでしょうか?


主観になりますが、乙女屋が憧れる人形は、toy(玩具)としての人形と別の存在です。
人の手により作られているけれど、どこか現実の存在と思えないようなところがあるもの。
生きているみたいに精巧に作られていても魅力を感じない。
(山本福松さんだけはべつだけれど)、そういうものに惹かれます。

人形は物だから、触れることができるし、人間の思い通りに動かすことができる。
箱に入れて長い間封印することもできる。
”私の人形は良い人形”という蜜月を過ごすことはできても、どこか、現実のものではないように私は感じる。


そんな「私のよい人形」の重さはどうだろうか?


そう、昨年の12月、会期の途中から、私は山吉先生のアリスに恋をしていた。
たった10日間だけの幻の人形展で、幸福なことに私はずっと人形たちを守らせてもらった。
その空間で過ごす時間が長くなると、日常生活での感覚が遠のいていくように感じる。
普段、共に生きている人間との距離感がわからなくなり、人形たちの世界に近寄っていきたくなる。

そんな濃密な時間の中、何度も心臓が止まりそうになりながら、
(結果、本当に病院通いとなったという笑えない話まであるのです)、
何度も何度も、アリスの眼差しを追い、アリスの前に膝まづいた。

ある時まで私はアリスに触れたことが無かった。
そして、ある時、もし、この子が、羽根のように軽かったらどうしよう、と考えたら、動悸が止まらなくなった。

そう、私は人形は、羽根のように軽やかであったなら、たまらないのだ。


ああどうしよう、羽根のように軽かったなら・・・・
毎日一緒にいるけれど、私はやっぱり、アリスを抱き上げないで、向き合っていた。
私にはその日々が、苦しくなるくらいにときめいて、どんな日々よりも贅沢だった。

そしてある日・・・・
アリスを迎えに来てくれた人がいた。

それがとても嬉しかった。
アリスは私にとって、憧れで一緒に暮らすのは、ちょっと緊張してしまうから。

だけど、自分の店にある人形でさえ、触れることもできないくらいに愛しくて苦しかった時間は幸せだった。

うん、ただ、それだけのお話でした。



私は、こういう人形幻想を繰り返し思い出すのが、大好きです。





by otomeya | 2019-07-03 20:21 | お人形考